2023.2.8.Wed
今日のおじさん語録
「字は病や毒から分泌される。そして、人を病ませ、毒する。/開高健」
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芸術家ってどんな人?
和紙と墨に出会った
画家・ウスマンさんの
素敵な東京ライフ

撮影・文/山下英介

芸術家ってどんな人たちで、どんな暮らしをして、どんなふうに創作しているんだろう? そんな疑問に答えるためにつくったこの記事。銀座のバーで偶然出会ったフランス人画家、ウスマンさんの自宅軒アトリエを覗かせてもらった。ぜひ気軽に読んでみて!

月光荘で出会った
芸術家の家に遊びに行った!

「ぼくのおじさん」の読者の皆さんだったら、誰もが一度は〝芸術家〟という存在に憧れたことがあるはずだ。あるに違いない。でも、実際のところ彼らがどんな人たちで、どんなふうに芸術家になって、どんなふうに暮らしているのか、ということを知る機会ってほとんどないよね? 実をいうとファッション雑誌業界で長年仕事をしているぼくも、ほとんど知らない。ぼくたちのようなクリエイターと純粋な芸術家とは、似て非なる存在なのだ。

本誌の特集で取材させてもらった、銀座8丁目にある「月光荘サロン 月のはなれ」にて。オープンテラスを備え、音楽家たちの生演奏が聴けるこのサロンには、とても素敵な出会いが待っている!

しかし昨年、たまたま月光荘が経営するバー「月のはなれ」でひとり食事をしていたところ、隣の席で飲んでいた芸術家のグループと仲よくなって、なんとご自宅に誘ってもらうことに! さすが月光荘のバー、人と人を結びつける力を持った空間なのかもしれない・・・。そこでついでと言ってはなんだが、この機会にぼくの長年の疑問をぶつけてみることにした。芸術家に憧れている人、目指している人はぜひ読んでみてほしい!

ウスマンさんの
躍動するアート!

気持ちのいい自然光が降り注ぐ、ウスマンさんとミワさんの自宅兼アトリエにて。

というわけで本日遊びにいったのは、フランス人画家、Ousmane Bâ(ウスマン・バ)さんの自宅兼アトリエ。彼は同じく画家のミワさんとふたりで暮らし、日々創作活動に励んでいる。出会った後に気づいたのだが、たまにモデルの仕事もしているので、ファッション雑誌などで目にしたこともあるかもしれない。

遊びに行ったときは、まさに海外の展示会に向けた創作の真っ最中だったのだが、そんな中、極めてフランクにぼくを迎え、気負うでもなく、まるで食事をするかのごとく自然に筆を取るウスマンさん。ものすごくオープンマインドで穏やかな人だ。しかし作品そのものは、こちらを圧倒する壮大な世界観! 爆発しそうなほど躍動する肉体のなかに充満する、大地のエネルギー。しかもその肉体は、彼のルーツであろうアフリカを彷彿させながらも、どこか原始的な日本の美しさをも秘めている。その印象は単純なドローイングではなく、ドローイングした紙を切って貼っていくという手法によるものだろうか? こんな作品、今まで見たことないぞ!

加えて初めて芸術家の仕事を目の当たりにして興味深かったのが、その制作が衝動を叩きつけるだけで済むはずもなく、多分に職人的であったこと。画材や素材が大切なのはもちろん、キャンバスひとつだって緻密に丁寧につくらなくては、美しい作品は完成しないのだ。ぼくは彼の作品のみならず、そんな制作風景そのものがアートだと思ってしまった。

作品に歪みが出ないよう、紙をパネルに貼って、水張りという作業をしているウスマンさん。隣で手伝っているのは、パートナーのミワさん。宇宙に深い関心を持ち、〝降りてくる〟タイプの創作をする彼女は、ウスマンさんとは異なる世界観をもつ芸術家だ。意見の食い違いもあるけれど、お互いを尊重して助け合っている。

日本との出会いが
新しい芸術を産み出した

意外なことにウスマンさんは、芸術家としての活動を始める前は、IT系企業で働いていたのだという。アートスクールには通っていたものの1年で辞めてしまい、いわゆるビジネスマンを経験していたというから驚きだ。しかし「もともと子供の頃から切り抜きが好きで、なんでも切ってしまうからお母さんにはよく怒られて、ハサミを隠されていたよ(笑)」というほどの衝動は止められない。退職して、芸術家への道を歩むことになる。

当初はデジタルで作品をつくっていた彼が、現在のようなスタイルにたどり着いたのは、2018年に日本で暮らしはじめてから。伝統的な日本の素材や木版画、そして浮世絵などの技術と出会ったことがきっかけだという。

和紙に墨だけで描いたシンプルなドローイングも彼の得意とする世界で、実に魅力的。

「初めて和紙と墨を知ったとき、なぜだか今までもずっと使っていたかのような、親しみを覚えた。そして自分の発想を伝統的な日本の素材と結びつけることによって、ぼくの新しい芸術世界が生まれたんだ。実は東京の前はベルリンに住んでいたんだけど、当時はクラブ通いばかりしていた(笑)。自分にとっては不便な東京で暮らし始めたことも、より創作に集中できるようになった理由だね」

たしかに、自分の慣れ親しんだ街だと、気が散る要素が多いからね。それにしても、そんなに日本の素材は上質なのだろうか?

「日本の画材のクオリティの高さは海外でも知られている。特に和紙のようなクオリティの高い紙は、ほかの国には存在しない。日本は素材とクラフツマンシップ、そしてアーティストのバランスが取れる国なんだよ」

それは確かに真理かもしれない。つまり芸術はひとりではできない。「ぼくのおじさん」で紹介した月光荘おじさんのような、職人に支えられているんだ! 


「日本の画材を使うようになって、金銭的な意味ではなく、自分の作品の価値やオリジナル性は高まったと思う。まあその分、ぼくが使っている紙や顔料、墨は高価だけれどね。宝石を塗っているようなものだよ(笑)」

生で見るウスマンさんの作品は、凄まじい立体感。とても贅沢な気持ちにさせてくれる。その創作は緻密につくりあげるときもあれば、即興で仕上げるときもあるという。

もちろん素材だけではなく、日本の文化は、ウスマンさんのアイデアにもよい影響をもたらしたようだ。

「棟方志功や熊谷守一といった日本人のアーティストはとても尊敬している。ヨーロッパでは絵の具を塗り重ねるアートが多いのに対して、日本のアートは動きや構図を重視している。その違いには影響を受けたと思う。実は今つくっている作品は、運慶からインスパイアされたものなんだ」

なるほど、〝仏に肉体を与えた〟運慶のスピリットが、ウスマンさんの作品には宿っているような気がする! 芸術家の発想って、本当にすごいなあ。


そんな唯一無二のスタイルを見つけた彼の作品は、近頃世界的に認められつつあり、昨年はダカールで開催されたビエンナーレ2022に出展するなど、着実にステップアップしているようだ。

古今東西、芸術家は猫を愛するもの。しかし不思議なのは、自由気ままに生きているようで、ふたりの創作の邪魔はしないこと!

芸術家に必要なものって
なんだろう?

「でもぼくが今芸術家として活動できているのは、会社員時代に身に着けたビジネスセンスがあってこそだと思うよ。インボイス(請求書)の出し方。作品を売ってくれるギャラリーへのメールの書き方、付き合い方。自分の作品への値段の付け方・・・。たいていの芸術家は苦手としているけれど、やらなければいけないことなんだよね」

うーん、今日は目から鱗の話しばかりだ。ぼくたち一般人とはかけ離れた存在と思えていた芸術家だけれど、その創作には職人の手によって生まれる紙や画材といった素材が大きく影響しているし、ある種のビジネスセンスや一般常識がなければ、作品を見てもらうこともできない。何より重要なのは、まったく違う世界観を持ちながらもお互いをリスペクトして支え合う、パートナーのミワさんとの素敵な関係性だ。

ぼくの帰り際、近所の工務店のおじさんのところに寄ったふたりは、巨大なキャンバスに描かれた作品を分割して、海外に送るための方法を相談していた。ぼくはそれを見て、なんだかとても微笑ましい気持ちになった。

ああ、芸術家って、そしてアートって、ぼくたちが思うより、ずっとずっと身近にいるんだ。

Ousmane Bâ

1988年、フランス・ストラスブール生まれ。パリ、アムステルダム、ベルリンなどを経て、2018年から東京在住。2022年はスイス・ローザンヌにある有力現代アートギャラリーFOREIGN AGENTでの展示や、ダカール・ビエンナーレへの出展を経て、大きくキャリアアップを遂げた。これからの動向が最も期待されるアーティストのひとりだ。

https://www.instagram.com/ousmane_the1st/

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