2025.12.19.Fri
今日のおじさん語録
「要するに、その土地で食うものを食え。/獅子文六」
ぼくとわたしの社会見学
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連載/ぼくとわたしの社会見学

ジェイエムウエストン財団の
会長にインタビュー!
「私たちが
〝よきライバル〟を
育てる理由」

撮影・文/山下英介

約1年前に「ぼくのおじさん」が取材させてもらった、「ジェイエムウエストン・ファンデーションアワード」という若い靴職人の交換留学プログラム。今年はこのプログラムを主催した「ジェイエムウエストン財団」の会長、クリスチャン・ブランカールさんのインタビューを中心にお届けします! この数十年で驚くべき発展を遂げた日本の靴づくりだけど、まだまだ〝本場〟フランスから学ぶべきところは多いんじゃないかな? そんなことを実感させられる記事をご覧ください。

異文化との交流なくして
イノベーションはない

前回の記事はこちら

クリスチャン・ブランカールさんはエルメス・インターナショナルのエグゼクティブ・バイス・プレジデントをはじめ、サンルイの社長、モンクレールの取締役など、数多のラグジュアリーブランドの経営に携わってきた伝説的人物。現在は「ジェイエムウエストン財団」の会長を務めるほか、経営コンサルタントとして活動している。肩書きだけ見るとつい緊張してしまうが、とても朗らかでユーモアセンスあふれる方だ。

クリスチャン・ブランカール 「ぼくのおじさん」・・・。変わった名前のメディアですね。

ジャック・タチのフランス映画『Mon Oncle(ぼくの伯父さん)』からヒントを得ています。観たことありますか?

ブランカール もちろん! 公開されたとき私はまだ子供でしたが、10回は観ていますよ(笑)。

では話が早いです(笑)。今、まさにジェイエムウエストン財団が若い靴職人にとっての「ぼくのおじさん」的存在になっていると思い取材に伺ったのですが、この財団はどんな目的で設立されたんですか?

ブランカール 第一の目的は「イノベーション(新しい創造)」です。ふたつめは「教育」。つまり手仕事を通じて、男女問わず若い人たちを育てることですね。そして三つ目が最も大切なことなんですが、「文化の交流」。ほかの国の文化を学ばずして、イノベーションは起こりませんから。このインターンシップ制度は、私たちと日本との絆が特に深かったことから生まれたものですが、まさに文化の交流、交錯ですよね。日本の方々にとっては、フランスでどういう手仕事が行われているのかを知る、いい機会になると思います。

日本のみならず、世界的に見ても手仕事の文化はどんどん衰えつつあるように思いますが、フランスでもそういった問題意識はあるんでしょうか?

ブランカール 実は私たちは、そのような危機感はさほど持っていないんです。なぜならフランス文化の本質とは、手仕事を尊重することにありますから。靴や服に限らず、すべての分野において、職人へのリスペクトは息づいていると思いますよ。

そうですか! じゃあジェイエムウエストンが若い職人さんに困っているというわけではなく。

ブランカール 職人を志望する若者はものすごく多いですよ。

それは意外ですね! 
今年で5回目を迎えた「ジェイエムウエストン・ファンデーションアワード」の授賞式とセレモニーの模様。2025年10月に日本橋浜町でオープンした「ジェイエムウエストン アトリエ」で開催された。
この交換留学プログラムの発足時からフランス人の職人さんの研修先になっているのが、スコッチグレインで有名な「ヒロカワ製靴」。今回フランスからはNawel Nassaralahさん(右)と、Stéphanie Charrierさん(左)が参加。

ブランカール 今回フランス側の受賞者のひとりは、フランスの手仕事を推奨するための組織に属しているのですが、そこには数百人のメンバーが在籍しています。そういった組織がしっかりと運営されているということは、若い人たちにとって手仕事がいかに魅力的なものであるかの、ひとつの証拠にもなっていると思います。フランスにおいて手仕事の職人とは、単なるノスタルジーを掻き立てるだけの存在ではなく、十二分に近代性を帯びた職業なのですよ。

それは素敵な文化ですね! フランスにはいろんな手仕事のブランドがあると思いますが、ジェイエムウエストンはその中において、どういう存在なんですか?

ブランカール 私は〝高級品〟みたいな言葉があまり好きじゃないんですが、かなり高い位置にありますね。その背景には最高品質の靴をつくりだそうとする意思があり、その裏付けには長年の伝統とノウハウがあります。だからこそ、ジェイエムウエストンという名前は日本でここまで有名になったんだと思います。だって日本って、世界で最もクオリティに対して厳しい国じゃないですか(笑)。

長年履き込み、磨き込まれたブランカールさんのスプリットトゥダービー。個人的に一番好きなジェイエムウエストンの靴は『180』とのこと。
そう思います(笑)!

ブランカール そういう意味では、日本こそサムライの時代から、職人文化を長年大事にしてきた国ですよね。

確かにそうなんですが、特に靴やレザーの分野においては、職人さんたちが社会的かつ経済的に報われにくいという悪しき伝統もあって、その文化が衰退していく危機にもあると思っています。

ブランカール フランスの場合、品質さえよければ高価でも納得してくださるお客様が多いので、そういうものをつくれる職人は経済的にも十分成立しています。日本でも同じことで、とにかく質の高いものをつくることが大切なのではないでしょうか。むしろ私がこの分野で危惧していることは、若者の革靴離れですね。

ああ、やっぱりフランスでもその傾向は強いんですね。

ブランカール そうなんです。今や地下鉄にでも乗れば、ほとんどの方がスニーカーを履いていますから。ですから革製品に関していうと、品質の高さだけではなく、私が最初に申し上げた「イノベーション」が求められていると思うんですよね。スニーカーは確かに魅力的ですが、オフィシャルな場所に赴いたり、仕事をしたり、お洒落をしたりする上では、やはり革靴は欠かせません。イノベーションによって、その市場をなんとか守っていただきたいですね。

今回のインターンシップ制度はすでに5回目になるとのことですが、日本の職人さんについてはどんな印象をお持ちですか?

ブランカール 本当に素晴らしい方々ばかりですよ! このプログラムでは、今まで一度も海外との接点がなかったような日本の職人さんも来られて、フランスのリモージュという片田舎にある工場で働くことになります。当然フランス語どころか英語も話せないような方も多いのですが、そんな職人さんたちも、毎回驚くほど順応してしまう。職人同士の言葉に頼らない共通言語で、十分に意思の疎通ができてしまうんです。ですから私たちは、日本の方々を受け入れることに、一切の問題を感じていません。

「ジェイエムウエストン アトリエ」のオープニングと、「ジェイエムウエストン・ファンデーションアワード」の授賞式を兼ねたセレモニーにて、日本側の交換留学生と。
フランスの職人たちから「面倒くさいよ」みたいな意見はあがらないんですか(笑)?

ブランカール その逆です。みんな好奇心をもって接しますし、週末は遊びに行ったり、家庭に招いたりと、楽しく過ごしています。フランスの職人たちにとってはある意味気分転換にもなるので、みんな次の開催を待ち遠しくしていますよ。

とても雰囲気のよい工場なんでしょうね。私が今まで見てきた日本の靴の工場って、正直薄暗くて殺風景なところが多いんですが(笑)、ジェイエムウエストンの工場を見てきた職人さんは、みんな「明るくてきれいな工場だった」と言いますし。フランスの工場って、やっぱり日本の工場とはちょっと雰囲気が違うのかなあ?

ブランカール 私はジェイエムウエストン以外にも、エルメスや電子機器の企業などに携わり、人生における多くの時間をものづくりの現場で過ごしてきました。その経験から申し上げるなら、どこも環境についてはきちんと考えられていると思いますよ。さすがに「すごく楽しい」とまでは言いませんけど(笑)、退屈することはありませんでした。労働環境ももちろんですが、建築設計においても自然光をふんだんに取り入れるなど、働きやすさに気を配っていると思います。

ジェイエムウエストンで研修してきた日本の職人さんが、技術だけじゃなくてよりよい労働環境についての知見も持ち帰ることができたら、この国の靴産業はもっと成長しますよね?

ブランカール 当然そうなっていくだろうと思います。逆に日本で学んだフランスの職人も、いろんな発想を持ち帰るでしょうし。

でも、ですよ! このプロジェクトによって日本の靴づくりが成長しちゃったら、ジェイエムウエストン的には困るんじゃないですか(笑)? 場合によっちゃライバルを育てているようなものですし。 

ブランカール それはいいことだと思うんですよ。

なんでですか?

ブランカール だって人生を成功させるためには、ライバルの存在が欠かせませんから。競合相手がいてこそ自分も成長させられるし、ものごとがよく見えるようになるんです。ですからジェイエムウエストンは、日本の職人さんを受け入れるうえで、一切秘密にすることはありません。すべてを消化して、自分たちのものにしていただいて結構です。

トレビアン! 私もぜひ働いてみたいです(笑)。

2025年の留学生に聞く!
ジェイエムウエストンの
ものづくり文化

「ジェイエムウエストン・ファンデーションアワード 2025」に選出され、リモージュの工場で1ヶ月の研修を積んだふたりの靴職人。右から倉田哲也さん、岩崎祥子さん。
ここからは2025年の「ジェイエムウエストン・ファンデーションアワード」の授賞者ふたりにお話を伺いたいと思います! 1ヶ月留学されたジェイエムウエストンの工場はいかがでしたか?

岩崎 本当に規模が大きいことと、すべて自社生産であることに感動しました。あとは職人さんのクラフツマンシップですね。

それはどんなところに感じましたか?

岩崎 糸1本の処理の仕方にしても、すごく手間がかかっていました。機械化できるところは機械化しつつ、手でしかできないところはどんなに時間がかかっても手仕事にこだわるところですね。

岩崎祥子さんはなんと20歳! 「東京都立城東職業能力開発センター台東分校」などで靴づくりの基礎を学び、現在は婦人靴メーカーでアッパー製作を手掛けている。
仕事をする環境面についてはどうですか?

岩崎 ヨーロッパの企業ということもあって、使っている糊ひとつとっても、職人の健康を考えた素材を使っています。加えて局所排気装置の整備もしっかりしていましたし、そういう面は日本がもっと変わっていくべきだと思いました。

岩崎さんはまだお若いんですよね? 今、その年齢で靴をやりたいという方は珍しいのでは?

岩崎 私は今年で21歳になるのですが、14歳のときに父の実家がある台東区に引っ越したことで、浅草の靴づくりに感銘を受けたんです。今でもその技術は本当にすごいと思っていますが、だからこそ自分と同じ世代の人たちに、もっと革靴に注目してもらいたい。そんな靴づくりをしてみたいと思ったのが、このプログラムに応募したきっかけです。

倉田さんはそれに対して、年齢的にももっと大人ですよね(笑)。自動車の革張り職人をされているとか。
倉田哲也さんは現在42歳。「東京都立城東職業能力開発センター台東分校」の「製くつ科」や、ミラノのALSインターナショナルシューズスクールで製靴技術を習得。靴製造のみならず、洋服のパターンメイキングにも精通し、自動車パーツの革張り開発などにも携わるなど、幅広い分野で活躍する職人だ。

倉田 そうですね。ただ私は洋服のパターンからはじまって、靴、パターン、財布など、今までさまざまなものづくりに携わってきました。ちなみに靴づくりは岩崎さんと同じ、「東京都立城東職業能力開発センター台東分校」の「製くつ科」で学んでいます。

なんでもつくれちゃうじゃないですか(笑)!

倉田 ヨーロッパの職人は靴、カバン、ベルトができて一人前だということをどこかで耳にしまして(笑)、なんでもできる職人を目指してきました。自動車の革張りもその一環だったんですが、あまりにフランスで得たものが大きすぎて・・・今まで勤めていた会社を辞めてしまったんです。

なんと!

倉田 というわけで今は、靴の製甲の職人さんを住み込みで手伝いつつ、フランス語の勉強をしているんです。

人生変わっちゃいましたねえ(笑)。それって日本よりフランスのほうがよくなっちゃったということですか?

倉田 物足りなくなったというか、現在の日本の工場ではできないことが、フランスではできたんです。縫製ひとつとっても、日本では機械化による時間短縮が何より求められるのに対して、ジェイエムウエストンでは時間をかけて手縫いをしてでもいいものをつくろうという考え方なんです。

価格よりもクオリティを優先するという文化があるんですかねえ。

倉田 そういうプライドはすごく感じました。

日本では難しいですか?

倉田 ジェイエムウエストンの靴づくりは自社で完結できるから、透明性が高いというか、どの工程にどれだけ時間がかけられるかが、すべて見えるんですよね。それに対して日本は完全な分業制で「外注の外注」みたいなやり方なので、言われた納期が絶対化してしまうというか・・・。なので、ぼくも含めて本当ならもっと手をかけられる部分があるのにと、もどかしい思いを抱えながら仕事をしている職人は多いと思いますね。

まだまだ日本の靴産業は、フランスから学ぶべき点が多いということですね。

倉田 妥協のないものづくりをするためには、ぼくもフランスに行くしかないと決心しました。

お二方のこれからに、注目したいと思います!
ジェイエムウエストンの工場で学んだふたりの〝卒業制作〟。ふたりとも「これだけは履けない」と口を揃える。
ジェイエムウエストン アトリエ

2025年10月31日にオープンした「ジェイエムウエストン アトリエ」。日本橋浜町の旧印刷工場をベースに、フランス・リモージュの工場をイメージしながらリノベーションしたこの空間では、ジェイエムウエストンのヴィンテージアイテムや、限定モデルを展開。修理工房やカフェ、アートスペースも併設した、新しい文化の発信拠点だ。

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