2024.4.20.Sat
今日のおじさん語録
「モノがあるとモノに追いかけられます。/樹木希林」
赤峰幸生の<br />
暮しっく
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連載/赤峰幸生の 暮しっく

あなたのスーツ、
30年着られますか?
スーツの買い方の
〝暮しっく〟

撮影・文/山下英介

親や先生も知らない大切なことをぼくたちに惜しげもなく教えてくれる、赤峰幸生さんの連載。今回はお待ちかね、スーツの買い方における基本のき=〝暮らしっく〟を教わってきた! スーツ初心者の方はもちろんのこと、今までいろんなスーツを着てきたという上級者の方も、改めて読んでいただきたい。流行や見栄にとらわれて今まで気づけなかった、新しい発見があるかもよ? 

お店に行く前に把握しておくべき
自分の〝持ち玉〟!

 今季のトレンドだから。インフルエンサーの誰それが着ているから。衝動的にほしくなったから・・・。そんな行き当たりばったりな理由で、スーツを買ってはいけません。スーツを買ううえで大切なのは、〝自分の持ち玉〟を見極めることです。

 まずはご自分のクローゼットを開いて、そのワードローブの全貌を把握してください。できればその際、色ごとに分類しておくのがいいでしょう。そして鏡の前に立って、ご自身の体型、顔の形、髪の量や色といった要素も、客観的に理解するのです。そうした〝持ち玉〟を踏まえたうえで、自分が今買おうとしているものが、どういう場面で着るためのスーツなのか、考えるのです。日常のためのスーツなのか? それともビジネスのためのスーツなのか? 焦らずじっくりと考えましょう。

赤峰さんのオフィス、「めだか荘」にあるクローゼット。ネイビー、グレー、ブラウンといった具合に色別に分類されているから、今自分が必要としているスーツが一目瞭然にわかり、無駄な買い物をすることもない。いつかはこんなクローゼットを完成させるべく、ぼくたちもよい服を手に入れていきたい。

〝super〟信仰を捨てろ! 
30年着るための生地選び

 私がスーツを着るうえで、最も大切だと考えるのが素材、すなわち生地です。とかく日本ではsuper120’Sといった細番手の薄く柔らかい生地ばかりが重宝されていますが、えてして数時間着ているとすぐにクリースが抜けて、シワだらけになってしまうことが多い。クリースのないトラウザースなんて、クリープを入れないコーヒーと同じ・・・とはいえませんが(笑)、ドレスウエアとしては美しくない。物理的に長持ちしにくいこともあるので、私はあまり好きではありません。

 『ぼくのおじさん』を読んでいる若い読者には、何本かの糸を強く撚って1本にした「強撚糸」(ハイツイスト)で織られた丈夫な生地をおすすめしたい。そういったものは英国製の生地メーカーに多いのですが、ちょっと重くてもシルエットがきれいに出てシワになりにくいですし、長年の着用にも耐えられ、着るほどに風合いがよくなってくる。私が所有する30年もののスーツも、こうした生地でつくられたものが多いです。ちなみに言うと、ツルツルの高番手生地は、骨太のいわゆるスポーツマン体型には似合いにくい傾向がありますので、ご留意ください。試着の際は、座ったり階段を登ってみたりして、イヤなシワが出ないかご確認を。それを嫌がるようなお店では、購入しないほうがよいでしょう。

赤峰さんが認める英国の生地ファクトリー、FOX BROTHERSのものづくり。写真のように織機にセットした経糸(たていと)に、緯糸(よこいと)を打ち込むことで生地は織られていく。この密度が高いものは、俗に〝打ち込みのよい生地〟と呼ばれている。この工程をゆっくりと行うことで、糸と糸の間に空気がたっぷりと含まれ、よりふっくらとした風合いのよい生地が生まれるのだ。

最初の一着はミディアムグレー! 
選ぶときは自然光のもとで

 色柄に関しては、私が長年口を酸っぱくして言っていることですが、〝無地に勝る柄はなし〟。ストライプやチェックは、ひととおり無地をそろえたうえで進むべき、次のステージです。最初の選択肢としては黒い靴にも茶色い靴にも似合うグレーがおすすめですが、とはいえチャコールでは面白くない。生地の風合いが楽しめ、どんな場所にも似合う、ミディアムグレーがよいでしょう。春夏ならポーラ(強撚糸を使った目の荒い平織生地)、秋ならサキソニー、冬ならフランネルと、同じミディアムグレーで3着そろえれば、大抵のシーンで通用するはずです。江戸時代の日本人は〝四十八茶百鼠〟と言って、グレーの繊細な色合いを珍重しました。グレーとは決して無難な色ではない。その奥深さを、ぜひ楽しんでいただきたいと思います。

FOX BROTHERSが誇る名品、グレーフランネル。数百年のアーカイブを所有する老舗だけに、クオリティもさることながら、グレーのトーンや杢感の表現はお見事。なかなか日本の生地メーカーでは表現できない領域だ。生地は生産国ごとに特色があるので、着用するシーンごとに選ぶのが楽しみでもあるが、一般的に英国生地は丈夫で長年の着用に耐えられるものが多い。

 その次なる選択肢としてネイビーが挙げられますが、黒に近いネイビーは面白くないし、青すぎるネイビーはリゾート地の色なので、初心者にはおすすめしません。グレーにも言えることですが、間接照明のもとではなく、絶対に自然光に当てて、適切なトーンの生地を選んでください。オーダースーツの場合、生地メーカーが用意した見本(スワッチ)で選ぶことになりますが、小さな生地見本で適切な色を選ぶのは、プロでも至難の業。大きいサイズの見本や反物を多くそろえるのはとてもコストがかかるものですが、だからこそ良心的なお店を見抜く目安にもなるでしょう。

ネイビー無地とはいえ、実に風合い豊かな赤峰さんのスーツ。強撚糸で織られたざっくりとした肌触りを特徴とする英国製のポーラ生地は、着用するうちに色の濃淡がより強調され、デニムのように味わい深く育っている。通気性もよいので、高温多湿な日本の春夏にもぴったりだ。

 最近の若者の間では、ブラックスーツが定番になっているようですが、私はその傾向にはまったく賛同しません。ムッソリーニの「黒シャツ隊」に代表されるように、黒い洋服には人生の楽しみを否定する意図を感じてしまうのです。街や田園の風景に映えることもないし、そういう服ばかり着ていると、色彩感覚が衰えてしまう。このトレンドの背景にあるミニマリズムという思想にも、共感することはありません。装いにおける色を、もっと楽しんでほしいと思います。

旧式織機を使い織られた英国のヴィンテージ生地は、現代の生地にはないハリコシと、仕立て映えする美しいドレープ感が魅力で、赤峰さんの大好物でもある。しかしヴィンテージならなんでもいいというわけではないので、ご注意を。街のテーラーなどに置いてるデッドストックにも、もはや掘り出し物はないという。やはり目利きのテーラーから買うのが一番だ。

奇を衒う必要はなし 
デザインは〝普通〟でいい!

 さて、ここでようやくデザインについてお話ししますが、話は簡単。スーツのデザインとは1925年〜30年代にかけての英国で完成を遂げており、現代においてもこれがベースにあります。襟を極端に細くしたり、股上を浅くしたり、無理なアレンジをする必要は全くありません。そういう意味でいうと、現代では上級者向けと思われているダブルブレストは、本来スーツにおける基本。ウエストを高い位置で絞ったものであればどんな人にも似合うので、若者たちにも、もっと気軽に挑戦してほしいものです。ちなみに私は、ゴム入りのウエストや化繊入りのストレッチ生地、女性がよく着ている上着がツンツルテンのスーツなどは論外、〝スーツもどき〟だとすら思っています。進化を否定することはありませんが、そういう変化は不要です。

赤峰さんがこよなく愛するフィレンツェのテーラー、「リベラーノ&リベラーノ」でつくったスーツは約30年もの! 流行にとらわれないデザインのスーツを、ある程度の数をそろえ、なるべくクリーニングに出さずに着続けることで、スーツとはこんなにも長く、美しい表情をキープする。

 デザインと連動してサイズの問題がありますが、最近のセレクトショップやオーダースーツにおいては、小さなアームホール・・・業界的にいうと〝カマが高い(アームホールの下半分の脇に当たる部分の位置が高い)〟アームホールを礼賛しすぎるきらいがあります。カマが高いアームホールのほうが、腕を動かしやすいという考えに基づいているのですが、最近はちょっと行き過ぎで本末転倒。シャツの上にニットを着ることすらできないのでは、意味がありません。肩幅自体も実際の肩より小さくしたがる人が多いのには閉口します。ジャケットの肩幅は、実寸よりも少し余裕を持たせるのが基本。みなさん、サイズ選びを間違えすぎです。

身体に適切にフィットさせつつも、決してタイトにしすぎないのが赤峰さんの流儀。肩幅は実寸より少し大きく、着丈はしっかりヒップが隠れる程度に。こうしたフィッティングと上質な生地との融合によって現れる美しいドレープ感こそが、クラシックの普遍的な美しさだ。

一着のスーツを30年着るために
貯金してでもよいものを

 少々厳しいことも申し上げましたが、これが私が考える〝スーツの買い方〟における基本です。こうした基本を満たしたショップなりテーラーで買うスーツはそれなりに高価になりますから、よく若い方から「安くておすすめのスーツはないんですか?」と質問されます。ただ残念ながら、私の立場からは、その答えは見つけられない。よく〝安物買いの銭失い〟と言いますが、安物とはいえスーツであればある程度高価なわけですから、今買えないならば、貯金してよいものを買うべきです。30年着られると思えば、決して高いとは言い切れないでしょう。

 スーツを手に入れる方法としては、大まかにいって既製品、ファクトリー生産のパターンオーダー、ビスポークという3つの考え方があります。顧客ひとりひとりとの対話や採寸を経てテーラーが型紙を引き、ひとりの職人が縫い上げたビスポークこそが、望ましい選択肢であることは言うまでもありません。しかしそれでは選ばれた一部のマニアや富裕層にしか手が届かないものになってしまうし、テーラーの技量にも差があるので、ビスポークならなんでもいいというわけではない。そんな理由で、私が手がけるスーツは、ビスポークの考え方に基づいたパターンオーダー、というやり方で仕立てることで、決して安くはありませんが、現実的な価格を実現しています。私が皆様と直接お話し、採寸してつくった処方箋をもとに、私の思いを理解してくれるアトリエの職人が丁寧に縫い上げる。フィッティングも細かく調整しますし、生地はもちろん裏地やボタンひとつに至るまで私が皆様のために選び抜いた、ほかのどこにもないスーツができあがるはずです。

赤峰さんが、ものづくりにおけるパートナーとして長年信頼を寄せる、神戸のアトリエ。要所で手縫いを駆使するなど、一着ごとに最適なやり方で仕立てられる。フルオーダー=ビスポークがよいスーツの条件とは言えないが、単純な流れ作業からは生まれてこないことは確かだ。

 たった今〝処方箋〟と表現しましたが、スーツを買うということは、お医者さんに行くのと似たような感覚なのかもしれません。ある意味ではお客さまは患者であり、テーラーやショップスタッフは医師。ロクなカウンセリングもせず、「ピッティではこれが流行りなんですよ」とか、大量の生地見本を広げて「ここから好きなものをなんでも選んでください」なんていうのは、私に言わせればヤブ医者です。テーラーだろうとセレクトショップだろうと構いません。そういう本質的なやり方でスーツを勧め、仕立ててくれる〝かかりつけ〟を見つけることが、よいスーツを手に入れる近道なのだと思います。

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