2024.5.21.Tue
今日のおじさん語録
「人生で大事なものはたったひとつ。心です。/高倉健」
味のマエストロ
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連載/味のマエストロ

創業1869年!
フィレンツェの人情食堂
「ソスタンツァ」よ永遠なれ

撮影・文/山下英介
コーディネート/大平美智子

イタリア・フィレンツェには数えきれないほどのレストランがあるが、その中でもちょっと異彩を放つ存在が、「トラットリア ソスタンツァ」、または「ソスタンツァ トロイア」と呼ばれる店だ。間違いなくデートには向かない大衆食堂スタイルなのだが、味は天下一品。予約を取っていても待たされることは必至で、いつだってお店の前には人だかりができ、店内ではお金持ちの観光客も、セレブリティも、地元のおじいちゃんもすし詰めになって、その料理をワイワイと楽しんでいる。今日はそんな愛すべき名店の秘密を紐解くべく、「忙しいからイヤなんだよ」と渋るオーナーを説得したうえで取材させてもらった。ブログやSNSにはたくさん登場するものの、メディアでここまでちゃんと取材した記事はかなり貴重なはず! 心して読んでいただきたい。

「トロイア」とは
〝豚野郎〟だった!?

「トラットリア ソスタンツァ」現オーナー、マッシミリアーノさん。

マッシミリアーノ(マッシ) 今日はよく来たな。というかお前、うちに来てるよな? 見たことあるぞ。

覚えていただいて光栄です! 実は昨夜、3年半ぶりにご飯を食べに伺ったばかりなんですが、相変わらず大盛況で最高に楽しかったです!
昨夜訪れたディナーの風景。夜7時半のオープン後、平日でもお店はあっという間に満席状態で大賑わいに。イタリアのレストランとしては珍しく2回転制だが、それでもピッティ・ウォモなどのイベント開催時は予約困難だ。ちなみに幸せそうにお肉を頬張っているおじさんは、ニットメーカーのロベルト・コリーナさん!

マッシ ありがとう。でも仕込みで忙しいから取材は手短にしてくれよ。

承知しました(笑)。まずはお店の歴史を教えてください。

マッシ うちはこのポルチェラーナ通りの隅にあった病院の隣で、1869年に創業した。最初は食材なども扱う〝カノーヴァ〟と呼ばれる業態の酒場で、病院に出入りする業者たちに向けてスープを売っていたんだ。その後1900 年代前半に、近所の公園でレース事故を起こした貴族が、この病院に担ぎ込まれた。そこでうちは毎日、彼に日替わりの料理を運ばせていたら、それが評判ですっかり人気店になってしまった。そんなこともあって、1933年に病院が改築工事をする機会に、当時のお店は引き払いここに移転して、トラットリアとしての営業を始めたというわけだ。なのでこの場所では90年くらい営業しているが、テーブルとかベンチは古いお店から持ってきたから、当時のままだよ。

このお店があるポルチェラーナ通りは、家具修復や額縁工房が軒を連ねる静かなエリア。ルネッサンス時代にはあのボッティチェリが住んでいたと言われている。ちょっと前は売春婦が客を待つエリアだったことから、「トロイア」の店名の由来ではないか、という噂もあった。
なんと明治2年創業! このテーブルは150年ものなんですね。「ソスタンツァ」という店名と、もうひとつの名前である「トロイア」には、どんな由来があるんですか?
こちらは2代目のグイド・カンポルミさん。

マッシ 「トロイア」は、創業者であるパスクオーレ・カンポルミの甥っ子で2代目シェフだったグイド・カンポルミのあだ名が由来さ。彼は炭や脂だらけの汚い手で、「やあ元気?」てな具合に客にハグしたりベタベタ触っていたもんで、「Troia(トロイア)※豚とか売春婦とかを意味する言葉だがフィレンツェでは〝汚いやつ〟を意味するスラング」と呼ばれていたんだ。

料理人としては致命的なあだ名じゃないですか(笑)。

マッシ まあ、ここはフィレンツェだからな(笑)。なので、店をトラットリアにしたとき「ラ・トロイア」と名付けたんだ。ただ、さすがにそれをメシ屋の看板に掲げるのははまずいかな、ということで、その後「Sostanza(ソスタンツァ)※本質とか中身を意味する言葉」を店名にしたわけだ。

古いイタリア映画のワンシーンのような、昔の「ソスタンツァ」の様子。
最初は豚野郎みたいな店名だったわけですね(笑)。さすが口の悪いことで有名なフィレンツェの食堂。「ソスタンツァ トロイア」も直訳するとすごいことになるなあ。

マッシ グイドは1944年に亡くなって、「ソスタンツァ」はその息子であるジョルジオとマリオの代に入る。彼らカンポルミ兄弟は1977年までここを経営した後、店を3人の従業員に譲ることになった。そのうちのひとりが、1956年から働いてきた俺の親父だったのさ。

現オーナーのアルベルトとマッシミリアーノ。

炭火なくして
「ソスタンツァ」の味はなし

なるほど〜。「ソスタンツァ」のメニューは昔から変わっていないんですか?

マッシ 俺は1983年からここで働いているが、その時にはすでにこのメニューだった。ただ、いつ誰がつくったかはわからないんだ。新しいコックが入ると古いコックが教えて、という形でずっと継承されている。

ここで出しているメニューは、ほかではあまり食べられないものが多いですが、郷土料理の一種なんでしょうか?
現シェフのマウリツィオはナポリ出身の陽気な男。この日は金曜日限定メニューのバッカラ(鱈)の煮込みを仕込んでいた。

マッシ 一応フィレンツェ料理ではあるけれど、ちょっとアレンジすることで、うちならではの料理になっているな。トリッパには臓物だけじゃなくて牛のミンチを入れているし、リボリータ(パンと豆や野菜を煮込んだスープ)のパンはちょっと少なくしている。実はうちの厨房は、1933年から変えていないんだ。イタリアの法律は厳しくて、新しく厨房をつくり直す場合、炭火を使うことがほぼ不可能になる。なのでうちは、この小さな厨房で、ふたりのコックでつくれるものしか出さないんだ。その点も、独特の料理になっている理由かもしれない。

やっぱり炭火でつくることは大切なんですか?
中心街ではもはや設置できない炭火のコンロ。秘伝のレシピには欠かせない。
大量のバターを使う割にはさっぱり食べられる、「Petti di Pollo al burro(鳥の胸肉のバター焼き)」。こちらをメインにするか、ビステッカを頼むかいつも悩むのだ。
マカロニにバターを落としただけ。いうならば卵かけご飯のようなものか? わざわざ外で食べるもんじゃないと思われるかもしれないが、これが実にいける! このお店は「ブロード(だし)」も出すが、パセリのような薬味で飾ることもない。このシンプルさ、潔さこそが、本質を意味する「ソスタンツァ」流なのだ。
最近日本のレストランでも食べさせるお店が増えてきた、「Tortino di carciofi(アーティチョークのオムレツ)」。想像もつかない食感と味で、ここに来た誰もが頼むメニューだ。
フィレンツェが誇る名物料理「ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ」。

マッシ 炭火は料理にとても大切なインパクトを与えてくれるからな。たとえばうちの看板料理である「Tortino di carciofi(アーティチョークのオムレツ)」は、何層にも重ねた卵のフワッとした食感が特徴なんだが、勢いよく炭で火を入れないと、こうはならない。「Petti di Pollo al burro(鳥の胸肉のバター焼き)」だって、炭火でガッと火を入れた後、ガスで優しく加熱することが決め手なんだ。ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ(フィレンツェ風Tボーンステーキ)は言うまでもないが、ガスだけじゃうちの味は出せないんだよ。まあうちの厨房は小さいがとても機能的ってことだ。

食材もきっといいものを使っているんでしょうね?

マッシ ああ、うちには毎朝7時半にフレッシュな食材が集められるから、俺はそれをチェックするために、こうして早起きしてるんだよ。その証拠に、うちには冷凍庫はないし、冷蔵庫だって35年間同じものを使っているんだぞ。ちなみにその前冷蔵庫を買ったのは1947年。これはそのデザインをわざわざ復刻したんだ。ほら、わかったら取材はそろそろいいだろ?

看板メニューであるアーティチョークの仕込みの模様。
日本だと天ぷら屋さんに置いていそうなクラシックな冷蔵庫。
朝早くからすみません(笑)! もうちょっと取材させてください。「ソスタンツァ」で食べると、特にバターのフレッシュさに驚かされます。ほかでバターを大量に使った料理を食べると次の日もたれがちなんですが、ここの料理ではまったくそういったことがありませんから。

マッシ まあ、レストランもどういったところで調理しているのかチェックしなきゃダメだ。うちで使っているバターはロンバルディア産のものだが、高温に対応する特別なものを使っている。ただ、イタリア人はこういうバターを大量にパンに付けて食っちまうからヤバいんだけどな(笑)。

うわあ、バターだけ買って帰りたいです(笑)。
ひと口食べたら意外なさっぱり感に罪悪感が吹っ飛んでしまう、鳥の胸肉のバター焼き!

カメリエーレは
35年選手!

スタッフ歴35年のアレッシオ。その機敏な身のこなしとホスピタリティあふれるサービスには、いつも惚れ惚れしてしまう。
あと「ソスタンツァ」といえば、フレンドリーながらもテキパキ働くスタッフさんも名物ですよね。

マッシ だろう? 俺の教育がいいからな(笑)。それは冗談として、うちのカメリエーレ(給仕)のアレッシオは35年、ダビデは20年うちで働いてくれている。アレッシオなんて、親父の代からうちで働いているんだぜ。そうやって長年働いているからどんどん熟練するわけだ。これほどカメリエーレと店が一体化したサービスができるレストランは、うちのほかは「Cammillo(カミッロ)」くらいだろうな。ちなみにうちの秋冬の制服はぜんぶ○○○という仕立て屋につくらせたス・ミズーラ(オーダーメイド)だ。格好いいだろ?

注※Cammillo(カミッロ)は1946年に創業したフィレンツェの老舗レストラン。
こちらは勤続20年のダビデ。昔はホテルの高級レストランで働くことを目指して、専門学校で接客スキルを学んできたとか。イタリア人にとって、ここはどんな高級レストランよりも価値があるお店なのだ。
おお〜、店名は伏せ字にさせてもらいますが(笑)、確かに皆さんがクラシックな制服を着ると、まるで昔のイタリアにタイムスリップしたような感覚になりますね。アレッシオさん、この仕事に飽きることはありませんか?

カメリエーレのアレッシオ いや、全く。食材もサービスも同じクオリティを維持することこそが大切で、やりがいのあることなんですよ。

ダビデさん、この仕事の楽しみってなんですか?

カメリエーレのダビデ やっぱりお客さんとの触れ合いですかね。最近はコロナ禍が終わって、海外のお客様が戻ってくれたのが何よりも嬉しいんですよ。

「ソスタンツァ」の
謎を紐解く

この穴はかつて隣のカフェにつながっており、ここからコーヒーを受け渡ししていたそう。
この機会に、今まで不思議に思っていたことを全部聞いちゃいます! このお店はイタリア料理店ではお約束の食後のコーヒーは出していませんが、何か理由はあるんですか?

マッシ それは簡単な理由だ。もともとうちの隣にあったカフェからコーヒーを出してもらっていたんだが、そこがつぶれちゃったんだよ。まあ、コーヒーを飲むとみんな長居しちゃうし、だったらそのままでいいかなと。うちはコーヒーを出さないかわりに2回転させて、なるべくたくさんの人に食べてもらっている。そっちのほうがいいだろ?

確かにイタリアのレストランはほとんど1回転だから、人気店は予約を取りにくいんですよね。なので大賛成です! でも、ここまでのお店になると、特別扱いしろとかいうセレブも来ますよね?
この店を訪れたセレブリティの写真や、彼らが送ってきた手紙などが飾られた店内。その中には歌手や俳優はもちろん、国家元首なども含まれる。

マッシ うちは誰でも同じ扱いだよ。そういえば昔、うちの混雑に紛れて、ちゃっかり予約してないふたりの男が席に座っていたことがあったんだ。で、注意をしたらそのうちのひとりが、「この人が誰だか知ってるのか?」と偉そうに聞いてくる。そんなこと関係ないからすぐに追い出したけどな。まあ、お客はみんな大切だから、最初に予約したもん勝ちってことだ。

創業時から使われているこのテーブルを指定席にしていたのが、ジャンカルロという地元のおじいさん(写真右下)。彼は90歳を超えた元鍛治職人で、ここが食材店だった頃を知っているという。
おー、格好いい! ちなみにその人は誰だったんですか?

マッシ ビリー・ジョエルだ。

うーん、意外・・・ではない(笑)。

マッシ 別にセレブが嫌いというわけじゃないぞ。実はこの店ではマルチェロ・マストロヤンニとナターシャ・キンスキーが出演した映画『今のままでいて』(1977年)も撮影しているんだからな。すごいだろう? というか、そろそろ取材は終わりにしろよ。

もうちょっとだけ! このお店はカードが使えないことで有名ですが、それには理由があるんですか?

マッシ うん? うちはAMEXはダメだがカードは使えるぞ。

えっ? お店の前にカード使用不可とでっかく貼り出してますが・・・。

マッシ ああ、あれは以前のことだな。気に入ってるから飾りとして今もそのまま掲げてるけど。

おいおい、堂々と「NO CREDIT CARDS」って書いてあるじゃん(笑)!
か、飾り・・・! なぜそんな大事な情報を(笑)。みんなここに来る前はわざわざATMで現金を下ろしてるのに! えーと、皆さん、カードは使えるそうです(笑)! あと最後の質問です。この仕事の喜びって何ですか?

マッシ 家族のようなスタッフと働くことだ。仕事のときはしっかり働いて、楽しむときはめいっぱい楽しむ。

これほど人気になると、海外出店の話も来るでしょう?

マッシ ああ、東京からもN.Y.からも商売の話はあったよ。でも答えはひとつ。『最後の晩餐』を見たかったらミラノに行け。「ソスタンツァ」の料理を食べたかったらフィレンツェへ来い。

そうですか。最近の東京では「ソスタンツァ」の名物を模した料理を出しているお店もけっこうあるので、きっと人気になると思うんだけどな〜。

マッシ いいか、確かに仕事は重要だが、金持ちになるよりも、人間らしい満足感を与えてくれる生き方を選ぶことのほうが遥かに大切なんだ。俺にとって、それはファミリーということさ。もちろん、うちの料理を真似してる店があることも知っている。テーブルとかワイングラスを買わせてくれ、みたいな話もしょっちゅう来る。ちょっと志が低いような気もするが、オマエらがそれで幸せなら、それで構わないよ。

うーん、格好いい!! 永遠にフィレンツェにあり続けてほしいなあ。しかし、このお店の後継者はすでに決まっているんですか?

マッシ 俺には娘がいるけれど、ここは女の子が働けるような場所じゃないし・・・わかんねえな。「ソスタンツァ」は、創業者であるカンポルミファミリーの時代が終わった後も、次の世代が継承することで今まで続いてきた。もしかしたら、それと同じことになるのかもな。でも、ひとつだけ確かなことは、中にいる人間が変わったとしても、「ソスタンツァ」は変わらない。そういうことだ。

もう完璧です!

お金を出しても食べられない
名店の賄い料理の味は?

下ごしらえの終わったアーティチョーク。

マッシ おい、さすがにそろそろ終わりにしてくんねえか? 俺たちはランチの仕込みを済ませたら11時からみんなで賄いを食べるんだ。ランチ営業が始まったら18時まで何も食べられないから、とても大切なんだよ。

えっ、本当ですか? ついでにお邪魔はしないので、賄いの様子も撮らせてもらっていいですか?

シェフのマウリツィオ 見に来い、見に来い。今日の賄いはナスのパスティチャータ(パスタとソースをぐちゃぐちゃに絡めてグラタンのようにオーブンで焼いた料理)だ。これは厨房にいるヤツしか食えないから、嫉妬すんじゃねえぞ。・・・おい、炭火は危ねえから気をつけろよ!

ヒャッ、すみません! しかしそれにしても美味そうな賄いですねえ・・・ゴクリ。

マッシ しょうがねえ。せっかくだから一緒に食っていくか? 

えっ、いいんですか?? 狙ってたみたいで申し訳ないですが、遠慮なくご相伴に預からせていただきます(笑)。

一同 ボナペティート!!!

ん〜、これはなんともお腹と心に沁みる味ですね。午後に向けてエネルギーが湧いてきます。それにしても、みんなめちゃくちゃお代わりしますね(笑)。しかもワイン飲んでるし(笑)。
昼の賄いからワインとは、なんと優雅な! 彼は近所に住むフランコというおじさんで、臨時の皿洗いバイト。「ソスタンツァ」ではワインもコップで飲むのが流儀なのだが、最近日本でもこのコップに似たものを扱うレストランが増えてきた。

マッシ 俺たちは晩メシまでこれで持たせないといけないからな。ホラ、エスプレッソ淹れてやったぞ。

え〜っ、実はエスプレッソ出せるんじゃないですか(笑)!

マッシ ほかのヤツらには内緒だぞ。お前は「ソスタンツァ」の長い歴史で、エスプレッソを飲んだふたりめの部外者だからありがたく思えよ(笑)。

注※ひとりめはニューヨークタイムズの記者らしい
このエスプレッソに誓って、また絶対フィレンツェに行きます! 「ソスタンツァ トロイア」万歳!
Trattoria Sostanza Troia

住所/Via del Porcellana,25r FIRENZE

Tel/055-212691

営業時間/12:30~14:00、19:30~21:45

休日/土曜、日曜

完全予約制

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