2024.11.7.Thu
今日のおじさん語録
「人間は一人では生きることも死ぬこともできない哀れな動物、と私は思う。/高峰秀子」
特集/ぼくのおじさん物語 『月光荘おじさん』 4

月光荘の名品が
教えてくれる
「ほんもの」の温もり

撮影/山下英介

月光荘は画材屋さんだけれど、決してぼくたちと無関係なお店ではない! 優れもののキャンバスバッグをはじめ、ロマンチックでユーモラスなこだわりの効いた商品が、画材以外にもたくさんあるのだ。しかも直せるものはいつまでだって直してもらえるし、余計な紙袋やビニール袋なんて置いてないから、環境にだって優しい。きっと今まで知らなかったことを後悔しちゃうよ!

軽くて丈夫、色もいいね! 
ホルンマークのキャンバスバッグ

 月光荘が半世紀以上前からつくり続けている人気アイテムが、イーゼルやスケッチブックといった画材を入れるためにつくられた、軽快なキャンバス製のバッグたち。写真を見れば一目瞭然だが、これが驚くほどお洒落! 軽くて丈夫で機能的でデザインも色バリも豊富で値段が安くて・・・いいとこだらけの商品だけど、なかでもぼくがひと目惚れしたのは、きれいなオレンジ色の発色。実はこれ、月光荘的には「カーキ」と呼んでいるのだとか。その理由はファンの間で議論の対象になるのだが、なかでも有力な説は「柿」が転じて「カーキ」になったというもの。しかしスタッフさんに聞いてみたところ、これはあくまでも俗説。使い込むと色が褪せて、水野スウさんの私物のように、カーキっぽい色になるらしい。ちなみにアイコンのホルンマークは、職人さんがそのときどきに手元にある革を縫い付けている一点もの! しかも真ん中の丸くくり抜いた部分は芯鉛筆のカバーに使うなど、素材を無駄にしない姿勢も素敵だね。本当はかぶるのが嫌であまり人には教えたくなかったけれど、この際仕方ない! 徹底的に紹介しちゃいます。

リュックにもショルダーにもなるゼッケンバッグ(大サイズ/42×32×11㎝)。イーゼルも入るビッグサイズで、マチは薄め。ストラップの長さも調節可能だ。
昔の学生カバンを彷彿させるショルダーバッグ(デニム・大サイズ/42×32×7.5㎝)と、(カーキ・小サイズ/32×28×7.5㎝。かぶせ蓋はマジックテープで留める仕様になっている。ホルンマークが大きなタイプは店頭限定販売。
こちらは小さなスケッチブックや絵の具が入るミニショルダーバッグ(店頭限定販売・サイズ/14×20×8㎝)。財布や手帳といった日用品を入れるのにちょうどいいサイズだ。オンラインストアでは、ちょっと縦長になったちびショルダーバッグが購入可能。

 リネンのスーツにも、ポロシャツにも、シャツにもマッチするし、「かたちある限り修理」をモットーにしているから、生涯の友達になってくれる、月光荘のバッグ。ぼくたちが〝サステナブル〟なんて言葉を知るずっとずっと前から、月光荘は持続可能なものづくりを貫いてきたのだ。
 ちなみに月光荘にはいわゆるショッパーなどは置いていないのだが、希望者にはほかのお店の紙袋が渡されるそう。これはなんと、月光荘を長年ひいきにしているお客さんが持ち寄ったものなのだとか!

今回紹介した以外にも、お店にはさまざまな種類のバッグが並んでいる。ホルンマークの色はランダムなので、やっぱりお店で探すのが一番だ。

心を豊かにする
「メゾン月光荘」の名品たち

銀座の花椿通りにショップを構える現在の月光荘は、ヨーロッパのデリカテッセンを彷彿させる、お洒落であったかな空間。画材店だけではなく、画室と呼ばれるアーティストの展示スペースも用意している。作品の展示はもちろん、ファッションブランドの展示会なんてやったら面白いと思うけれど。

「売れるものを考えるのではなくて、人が喜ぶものを売ること」

「自分で売るものは自分で作り、自信のあるものだけを売りなさい」

「売りたいがための値下げで、安売りなんかをしてはいけない」

 これ、月光荘おじさんがお店を開くにあたって、彼を応援する与謝野晶子をはじめとする文化人や経営者たちが、おじさんに贈ったアドバイス。このポリシーを100年、3代にわたって貫く月光荘は、ぼくの目には〝メゾンブランド〟のあるべき姿に映る。

 大きなロゴや話題性優先のコラボレートに頼った商品ばかりをつくるブランド。たった数年でディレクターの首をすげ替え、その場しのぎの商売を続けるブランド。旬を逃した商品をすぐにアウトレットに送るブランド。型落ちになった商品の修理を断るブランド・・・。果たしてそういうブランドを〝メゾンブランド〟って呼んでいいのかな? 

使うほどに味の出るヌメ革製のペンケース
月光荘おじさんが真っ赤なジャケットにつけていた金ボタンの復刻版。ホルンマークが刻印されている。
便箋10枚と封筒3枚がセットになった手紙セットは、美濃和紙を使った逸品。

 それに対して月光荘の雑貨は決していわゆる高級品ではないけれど、創業者の精神が息づいた商品を責任をもって売ってくれる、まさに〝メゾンブランド〟の名品。本当のブランドは、ぼくたちを煽ったりしない。心にゆとりを与え、暮らしを豊かにしてくれるのだ。

お洒落のセンスを養う
月光荘の画材

月光荘おじさんが戦時下の1940年に日本で初めて開発し、国内の画壇を驚かせたコバルトブルーの油絵の具。コバルトは軍が開発しようとしていた物質だったので供出命令が出たが、おじさんは断固として断ったという。

 月光荘おじさんの本業は絵の具職人だった。彼が月光荘を創業した大正時代は、絵の具はほとんどヨーロッパからの輸入もの。絵の具のレシピは門外不出で、国を挙げて開発に勤んでいたものの、いっこうに完成していなかった。それでは日本の美術シーンはいつまで経っても海外に追いつけないと考えた月光荘おじさんは、自家炉で国産油絵の具の制作にチャレンジ。国に先んじて、1940年にはじめて純国産の材料からつくられる油絵の具を開発した。その絵の具はよそよりちょっと高いけれど、抜群の品質で芸術家に認められており、わざわざ海外から買いにくる人もいるという。

3原色の絵の具とスケッチブック、水彩筆ペン、パレットがセットになった「3原色お絵描きセット」(店頭限定販売)。

 もちろん月光荘には、絵を描かないぼくたちが使える名品がたくさんあるけれど、やっぱりその真髄である画材も一度は使ってみたい!

 素敵な風景に出くわしたときにスマホでパシャパシャ撮るのもいいけれど、意外とそれだけじゃ記憶に残らない。だからたまにはその場で立ち止まって、じっくり風景と向き合って、スケッチしてみるのもいいんじゃない? そういえば〝ぼくたちのマエストロ〟こと赤峰幸生さんも、月光荘の水彩絵の具の愛用者。もしかしたら絵を描くことは、お洒落のセンスを養うことなのかもしれない。

窓ガラスに自在に描ける、クレヨンタイプの画材「カラーコンテ」12色セット。絵の具と並ぶ名品と名高いスケッチブックは紙やサイズ、表紙の色を豊富にラインナップ。淡い斑点が入った「ウス点」はあの松下幸之助さんの依頼によってつくられたもので、コピーしたときに感光しないので、建築家やデザイナーにも大人気。小さなサイズはメモ帳がわりにも使える。

 最後に、月光荘おじさんが商品に賭けた思いを、『人生で大切なことは月光荘おじさんから学んだ』から引用したいと思う。

 月光荘の製品は私のいのちの花弁です。お客様がその一つ一つを誇らしく抱えておられるのを見ると、商売冥利に尽きます。
 発明・発見・改良の小さな営みに気づいてくださる方のひたむきな目、それにお応えしなけりゃバチ当たり。製品がケガしたときはいつでもお持ちください。かたちある限り修理いたします。

 手仕事だから予約販売の品もある。そのかわりいったん売ったら、とことん責任負いましょう。それが私の信念、愛と仕事に生涯かける商売人の魂です。下手な手記でも何か一つあなたのお役に。それで満足のわたしです。

 こんなふうに言えるブランドって、今の世の中にいくつあるだろう?

月光荘画材店

2006年から銀座8丁目で営業を続ける月光荘。画材店以外にもふたつの「画室」が用意されており、アーティストの展示会も行われている。

住所/東京都中央区銀座8-7-2
TEL/03-3572-5605
営業時間/11時〜19時
年末年始を除き年中無休

 

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