2024.4.19.Fri
今日のおじさん語録
「モノがあるとモノに追いかけられます。/樹木希林」
特集/ぼくのおじさん物語 『月光荘おじさん』 7

赤峰さんも感激! 
月光荘の色が生まれる
夢の絵の具工場(下)

撮影/山下英介

2021年に、アートを媒介にぼくたちの生活を豊かにしてくれる複合施設へと生まれ変わった、月光荘の絵の具工場「月光荘ファルべ」。色が生まれ、音が生まれるその瞬間をみんなと分かち合える素敵な空間を前にして、赤峰幸生さんは何を思うのか!?

魔法使いの部屋のような
絵の具の研究室

現在の月光荘ファルべの様子。奇しくも1970年代、銀座にあった頃の月光荘のような、アートを媒介にした複合施設になっている!

 「エレベーターがないビルでして、すみません(笑)」という日比さんの案内のもと、オフィスフロアのある2階に上がってみると、そこにはちょっと怪しげで格好いい一室が! こちらは絵の具職人の鈴木さんが使っている研究室で、彼はいかにしていい色を表現するか、ここで日々試行錯誤しているらしい。

 使い込んだ机、世界の民藝品、色とりどりの薬瓶、見たこともない道具、絵の具だらけになった作業着・・・。子供だったら魔法使いの部屋を連想しそうなこんな空間で、月光荘の絵の具は開発されているのだと思うと、なんだかとても嬉しくなる! 

こちらは鈴木さんが使っているつなぎ。アーティストの作業着って格好いいよね!

月光荘の絵の具工場には
アーティストが住んでいる!

 さらに驚かされたのは、その上。

 なんと3階にはアトリエとベッドルームが併設されており、実際に芸術家を住まわせて、自由に創作してもらっているのだとか!

「これは海外ではいわゆるアーティストレジデンスと呼ばれているもので、半年をワンクールとして年に2組芸術家を住まわせて、その後パーティを開催して、コレクターや画商、ギャラリーに見てもらうわけです。作品だけじゃなくて、アーティストがどういう人となりで、どんな気持ちで創作しているのかを知ることで、より理解を深めることができるし、アートをもっと身近に感じられると思うんです」と日比さん。

 この空間には赤峰さんも、すっかり感心した様子。

「かなりグッときちゃったよ(笑)。洋服でいえば、羊の毛を刈って、糸を紡いで生地を織って、それをスーツに仕立ててお客さんに着てもらうまでをやっているわけだからね。そういう場所があったら最高だなあ!」

現代の〝ぼくのおじさん〟と
月光荘おじさん三代目が語らう

 月光荘ファルべからおおいにインスパイアを受けた赤峰さんと、日比さんの話は止まらない。

日比 週末はここをライトアップして、アーティストのライブを開催することも多いです。ここはみんなが色と音に親しめる空間、いわばアートの公民館なんですよね。

赤峰 それは素晴らしい。色という意味では、ぼくのスタイルもすべて色から始まっているんだよね。若い頃にルネ・ユイグという美術史家の著作『見えるものとの対話』を読んで以来、ぼくにとって色こそが永遠のテーマなんです。みんな、見ているようであまり見ていないんだけど。

日比 おっしゃる通りです。色はすべてに宿っているというのに。ただ、それを説教くさくなく、いかに格好よく皆さんに伝えられるかを大事にしていきたいな、と思ってもいるんです。私は音楽家としても活動しているのですが、誰かがギターを始めたい!と思うときに、ギターの素材がメイプルで、弦の太さがどうで、なんてことは全く関係ないんですよね(笑)。まずは衝動、奏でる音がすべて。だから能書きではなくて、もっと描きたい、奏でたい、という気持ちが自然に湧き起こるような空間にしたいんです。

赤峰 そう。ファッションでもここの縫製が、とかあの生地は○番手で、とか全く関係ないんだよね。

日比 実は今日、赤峰さんにすごく伺いたかったことがあるんです。赤峰さんは海外で生まれた洋服を扱いながらも、日本人であることをすごく大事にされていますよね。いったいどのようにして〝日本人ならではの洋服〟にアプローチされているのでしょうか?

赤峰 私たち日本人は、明治の文明開花の時代に、欧米から洋服を取り入れたわけですよね。夏目漱石をはじめとするあの頃の知識人たちは、西洋文化を正しく学ぶという意味で、公の場では洋服をきちっと着こなしましたが、家では日本人のプライドを持って浴衣を着るという、和洋折衷の文化を生み出しました。彼らが追求した和と洋のブレンドを、いかに現代を生きる自分ならではの視点で捉え直していくか、ということだと思うんです。

日比 絵の具の源流もヨーロッパにありますが、確かにそうですね。

赤峰 ぼくの色の世界には洋画の色だけじゃなくて、浮世絵や、それこそ民藝の焼き物の色も混じっているかもしれません。益子も信楽も小鹿田も好きだから、ある意味ではそれらを生地見本のように捉えて、生地に変換してしまう。そういう感覚で磨き上げた自分なりのスーツスタイルで海外に行くと、外国人からは「赤峰、お前はスーツを着ているけれど、いつも脇差を差しているように見えるな」なんて言われるわけです。別に着物を着たり、ふんどしを締めているわけでもないのに。だから日本人だからって、着物の生地でジャケットをつくったり、これ見よがしなジャポニズムに走ればいいってもんじゃない。イギリス人でありながらも、柳宗悦や濱田庄司からの多大な影響をもとに自分のスタイルを見出した、バーナード・リーチのような在り方が理想的ですよね。

日比 すごくわかります! じいさんが持っていたバーナード・リーチの壺はうちにあるし(笑)。もともと絵の具は舶来のものなので、洋画の世界においては日本の位置付けは決して高いとはいえません。そのままやっていたら、いつまでもヨーロッパには勝てない。ですから絵の具屋の倅として生まれた自分に何ができるか、というのはいつも悩んでいるところではありますね。

赤峰 日比さんはまだ46歳でしょう? 「万巻の書を読み、万里の道を行く」で、やはりいろんな本を読み、さまざまな経験を積むしかないですよね。ただ「行くに径(こみち)に由(よ)らず」という言葉もあるように、蛇行しすぎると自分の王道が見つからないまま、いたずらに年齢を重ねてしまうことにもなりかねないから、注意しないとね。

日比 おっしゃる通りです。時には寄り道も楽しいですけど(笑)。

赤峰 そう。私は今まで、色んなセレクトショップの顧問やコンサルティングをやったり、イタリアの工場を使ったものづくりを続けてきました。しかしある時、日本人であればやっぱり日本人の手を使ったものづくりこそが王道じゃないのか?という思いにたどり着いたんです。それから立ち上げたAKAMINE ROYAL LINEでは、すっぱり卸のビジネスはやめてしまいました。私がお客さんひとりひとりと直接向き合って、日本の職人とともに仕立てたスーツを着てもらう。そして小さなブランドではとても困難なことですが、一宮や浜松といった素材の産地に直接出向いて、自分が本当にいいと思うウールやコットン生地を開発する。みんなからは「赤峰さん、商売下手ですねえ」なんて言われるんだけど、今さら上手くなりたくもねえよって。

日比 あれほど大きなビジネスを手がけていた方が、そういう境地に行き着くというところに、感銘を受けますね。私も駅から徒歩20分かかる絵の工場にカフェバーをつくるなんてバカじゃないかって散々言われたんですが(笑)、それこそ儲けるためにやっているんじゃないんですよね。

赤峰 でも、それをやることでぼくたちも勉強できることがあるんだよね。

日比 本当にそうです。結局近道なんて存在しなくて、どんなときも本気でものづくりするしかないんでしょうね。そういえば赤峰さん、月光荘には絵描き用のスモックがあるんです。見てくださいよ!

赤峰 これ、いいじゃないですか! すでに製品としてあるの?

日比 一度売り切れて、現在再生産の準備中なんです。アーティストの作業着って、やっぱり格好よくあってほしいのですが、世の中にはなかなかいいモノがなくて。

赤峰 昔のルノアールのスモックとか、格好いいもんね。欲をいえば、オーストリアのローデンコートのように、脇を割って汗が抜けるようなベンチレーションをつくったら完璧ですよ。

日比 なるほど〜! 

赤峰 いやあ、日比さんがこれから提案する文化のブレンド、つまり〝俺のスタイル〟が楽しみですね。

日比 それこそが私たちの生きる道ですから。やはり画材だけでは苦しい時代になってきているので、これからはいかに一般の方々が使えるものに、月光荘の価値を広げていくか、というのが鍵だと思っているんです。たとえばエルメスは、そのルーツである馬具を守るためにも、バッグや洋服をつくっていると思うのですが、私たちも同じです。逆説的な話ですが、絵の具をつくり続けるためには、絵の具だけを売っていてはダメなんですよね。

赤峰 そこにぼくが手伝えることがあれば、ぜひ何でも言ってください。

日比 それは心強い。ぜひ力を貸してください! うちは〝色屋〟さんだから、その価値をうまく使っていただけたら嬉しいなあ。

コラボレートが実現したら、面白いでしょうね! そういえば赤峰さんは毎朝多摩川を散歩されるそうですが、日比さんも早朝の多摩川で葉巻を吸ったり、木登りしているらしいですよ(笑)!

赤峰 そうなんだ! ぼくは毎朝5時前に起きるんですが、犬の散歩に行ってから多摩川を1〜2時間ほど散歩するんです。

日比 多摩川、いいんですよね。キジやらトンビやら、鷹までいる。意外と〝原生〟なんですよ。

赤峰 この間、上州屋でゴム製の胴長を買ってきたから、今度は川の中からの景色を見てみたいと思っていて。また見えてくるものが違うと思うんだよなあ。

日比 すごい(笑)。確かに土着の強さ、そこから離れる弱さっていうのはありますよね。

赤峰 日比さん、知ってる? 多摩川って、もともと多くの麻の川、つまり大麻が生えている川だったんですよ。サトウキビみたいに真っ直ぐ伸びたのが河川のまわりに広がっていて。で、それを叩いて繊維にするのが砧。それを織って販売するところが麻布。それに税金をかけるのが調布というわけ。多摩川のある麻生区の名前も、もともと大麻から来ているんですよ。

日比 うわあ、それは目から鱗の話です。

赤峰 もともと日本の固有の文化ですから、その生地である大麻布は見直されるべきだと思っているんです。ぼくの事務所にありますから、ぜひ見に来てください。

日比 うーん、そういうストーリーのあるものと、がっぷり四つを組んでものづくりができたら最高ですね!

赤峰 月光荘には、月光荘おじさんが遺した素晴らしいモルツがあるわけだから、それを今という時代にどう活かしていくか、が大切ですよね。必ずしも過去だけに囚われる必要はないと思います。

日比 今日はすごく大きなヒントを頂けました。ありがとうございます!

赤峰 ぼくもぜひ、ここでイベントをやりたいな!

月光荘ファルべ

ドイツ語で「色」を意味する〝ファルべ〟という言葉を冠した、月光荘が考える新しいアート空間。1階のカフェではライブや落語といったイベントも催されている。スケジュールについてはInstagramを参照してください。

 

住所/埼玉県入間郡三芳町竹間沢324-6

TEL/049-259-4116

営業時間/12時〜18時(※金曜・土曜日は22時まで)

定休日/日曜・月曜日

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