2024.5.21.Tue
今日のおじさん語録
「人生で大事なものはたったひとつ。心です。/高倉健」
名品巡礼
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連載/名品巡礼

この一足に
プライドを叩き込め!
ハンシューメーカーが
次世代につなぐ
靴づくりの文化

撮影・文/山下英介

ぼくたちが大好きなクラシックな革靴の世界に、ピンチが訪れている。レザーや材料費の世界的な高騰に、職人さんたちの高齢化、さらに日本では急激な円安などが相まって、世界の本格靴はすっかり高嶺の花になってしまった。そんな世知辛い世の中において、「ぼくのおじさん」が注目する数少ない希望の光こそがHAN SHOEMAKER(ハン シューメーカー)だ。英国の最高級品を凌駕するクオリティの靴を、手の届く価格で提供してくれるこのブランドを主宰するのは、なんと韓国出身の職人、ハンさん。しかもそのショップ兼工房は、山梨県の甲府市にあるという。これはぜひお話を聞きに行かなくちゃ! というわけで「ぼくのおじさん」は東京から約2時間ほどクルマを走らせて、ハンさんの工房にお邪魔してきた。

浅草の靴職人が
山梨に引っ越した理由

2022年、甲府市に拠点を移したハン シューメーカー。JR中央本線の金手駅が最寄りだが、甲府駅まで来ればハンさんはクルマで迎えに来てくれるという。営業時間などの問い合わせはINSTAGRAMのDMにて。近くにはちょっと面白いお寿司屋さん(甲府なのに!)もあるし、観光がてら伺うのもおすすめだ。
住所/山梨県甲府市城東東1-11-16
電話番号/055-206-1213
うわあ、とても素敵なショップ兼工房ですね。開放的で気持ちがいい。

ハン ちょっと前まで、工房は浅草にあったんですよ。実はその頃はすごく閉鎖的で、お店にもしていなかったし、関係者に見られないように仕事していました。それが山梨に来た途端、全面ガラス張り(笑)。のびのびと仕事ができて、余計なストレスもなくなりました。

どういうきっかけで山梨に移転したんですか?

ハン もともと妻がここの出身だったんですよ。コロナ禍でどこにも行けなかったときに、よくキャンプで来ていたこともあって、ここがいいなって。高速道路に乗れば浅草まで2時間で行けるので、ぜんぜん遠く感じないですね。

とても紳士なハンさんは、1984年生まれの40歳。ファッションの知識も豊富だから、気軽に相談できそうだ。
確かにそれは感じました。

ハン デメリットは高速代とか送料が高くなるくらいですね。

お店では修理もやってるんですね。

ハン 町の靴屋のイメージでやっています(笑)。修理はうちでは手が回らないので外注になってしまいますが、地元のお客様の役に立ちたいですし、近所のおばあさんの靴だって修理していますよ。もちろん靴の注文は東京から来られるお客様が多いんですが、地元の方がふらっと来て買ってくれることも多くて、ありがたいことです。

そういう心持ちになれたのも、この場所に来たからなんですかね?

ハン そうですね。もともと田舎の出身だったから、こっちの暮らしが合っているんでしょうね。

東京よりも格段に乾燥しているという甲府の気候。革が割れないように加湿器は欠かせない。

韓国の服好き少年が
靴職人になるまで

ジーンズなどのカジュアルに、英国的な革靴を合わせたスタイルがハンさんのトレードマーク。こういう履きこなしもあるのかと感心させられる。
あんまり意識しないで話せちゃいますが、ハンさんは韓国のご出身なんですよね?

ハン そう、済州島生まれです。今は芸能人が住むような場所になっていますが、ぼくが生まれた頃(1984年)は本当に田舎でした。

ファッションシーンみたいなものは、存在したんですか?

ハン 当時の韓国のファッション文化は、広く浅くみたいな感じでしたね。ぼくは高校生くらいから日本語のMEN’S NON-NOを読んで、木村拓哉さんの真似をしてジーンズや古着を買っていました。そんな中から靴や洋服に興味を持って、シューズデザイン科のある東京の文化服装学院に行くんです。

ハンさんが別ラインでつくっているウエスタン調のチェルシーブーツ。クラシックな靴もいいけれど、こういう遊び心のあるデザインもかなりの完成度!
韓国のお洒落な若者の間では、東京の服飾学校で学ぶのは普通のことなんですか?

ハン だと思いますね。文化服装学院は世界的に有名ですよ。本当は日大芸術学部に行きたかったんですが、落ちちゃって(笑)。もともとはレディース靴のデザイナーになろうと思ったんですが、初めてメンズ靴の吊り込み作業をやったらとても楽しくて、一気にメンズに興味が移りました。そして『ファーストジャパニーズ』というTV番組で取材されていた深谷秀隆さんに憧れて、靴職人を目指すんです。

1990年代にフィレンツェに渡ったイル・ミーチョの深谷秀隆さんは、海外で活躍する日本人職人の先駆者ですよね。ある種スター的存在というか。

ハン そうなんです。とはいえまたイタリアに留学するのは難しくて、日本で師匠を探して、結果的に専門学校に通いながら関信義さんのもとで修行を始めるんです。

もうお亡くなりになられましたが、関信義さんはまさに日本のレジェンド職人ですね! 

ハン そうですね。当時の関さんは中延あたりに工房を構えていたんですが、惚れ惚れするほどすごくて、ぼくはもう関さんの信者でした。関さんに習っているだけでちょっと天狗になってもいたし(笑)。

関さんはどんな方でしたか?

ハン 自分から教えるというより、俺から見て学べというタイプでしたね。で、厳しいけれど褒め上手で、たいして上手くもないのにすぐ褒めちゃうんですよ(笑)。みんなそれで勘違いしちゃうんですが、ぼくはさらに突っ込んで聞きまくるタイプなので、そうすると深いところを教えてもらえるという。

職人であって教育者ではないから、そうなりますよね。

ハン 靴づくりの技術って、半分は数値ですが残り半分はカンなので、言葉で表現しにくい領域があるんですよね。だから教えるのも教えられるのも難しいんです。

今つくっている靴に、関さんの技術は生かされているんですか?

ハン これは失礼な言い方かもしれませんが、テクニカルな面でいうと、今の靴にはほとんど取り入れていません。正直言って現代の靴と比較した場合、難しいところもあると思うんです。それよりもぼくが関さんに教わったのは〝靴とはこうあるべき〟という考え方ですね。ここはまっすぐであるべき、ここは平らになっているべき、という靴の根本的なありかた。それを今のブランドでは守り続けています。関さんからはいつも「時代に合った職人になれ」と言われていたんですが、本当にその通りだと思います。職人としても男としても、本当に素敵な方でしたね。



右写真に写っているのはヒールを打つときに足と靴を固定する「わげさ」というベルト状の道具。師匠の関さんがハンさんのためにつくってくれたという。
靴の哲学とか、職人としての生き方を教わったわけですね。私もお会いしたかった職人のひとりです。本当に仕事が速かったらしいですね。

ハン 「俺の腕は黄金の腕だ」とよく仰ってました(笑)。ただ、仕事が速いと言っても動きが速いというわけじゃないんですよ。むしろゆっくりなんですが、その代わり全てを一発で決める。本当に技術が体全体に染み込んでいるんです。左手は常に木型を持った状態に固まっていて、これ以上開かないと言っていました。

昔の職人さんのイメージそのままですね。

ハン ぼくたちもそろそろ猫背になってくるのかな、という気がしています(笑)。

日本の靴づくりの背景は
崩壊寸前!?

靴づくりにはアッパーやソールの革だけではなく、釘をはじめとする様々な副資材や道具が必要だが、そういったものをつくる縁の下の力持ち的な工場が、昨今相次いで閉鎖に追い込まれているという。
ハンさんが靴の仕事を初めた頃の浅草って、どんな感じだったんですか?

ハン 朝から道端で裸で寝ているようなおじさんがいましたけど(笑)、まだその頃は景気はよかったですよ。でも今の景気は本当に悪いですね。特に道具や釘、底材などの材料屋さんがひどくて、どんどん廃業しています。最近は浅草も高級マンションが増えているので、そういう工場は近隣住民からクレームが多いそうですし、そのうち追い出されちゃうかもしれません。ぼくがよく使っていた釘も最近なくなったので、無理してストックを買ったりしていますが、これからどうなるか・・・。

革も相当高くなっているとか?

ハン そうですね。値段は上がっていますが、クオリティは下がっています。革には一級から三級まであって、ぼくは一級しか買いたくないんですが、そういう買い方はできないんですよ。だから悪いところもまとめて買うしかないんですが、それは試作品に使って自分で履いています。

自分の靴は後回しなんですね(笑)。

ハン めちゃくちゃ悪いところを使ってますよ(笑)。特にトラ(筋)がひどい。スーツ生地だったら傷があることなんて稀なんでしょうが、革はどうしても生き物からつくられますから、使えない部分もその価格に含まれちゃうんですよね。

お洒落な靴屋さんや、ブランド自体は増えているような気もしますが、内情は大変なんですね。

ハン ぼくたちが表舞台だとしたら、裏舞台でものをつくっている職人さんって、みんな70代以上なんですよ。でも、彼らの次の世代にあたる60代〜50代の職人さんは本当にいない。ぼくはその頃日本にいなかったのでわかりませんが、当時はバブルだったと聞くので、職人にならなかったんでしょうね。

50〜60代職人の不在は靴だけじゃなくて、他の分野にも言えますね。

ハン バックグラウンドが全然整っていない。ぼくは韓国人ですが、日本の産業が心配になってきますよ。

ハンさんがマシンメイドに
こだわる理由って?

ヒールを木型に吊り込む、ヒールラスターという機械。
吊り込んだ後は「ワニ」と言われるハンマーのような道具で叩き、中底とアッパーを固定。その後は2週間ほど靴を寝かせ、木型にしっかりとなじませる。早いメーカーでは、3日ほど寝かせただけで製品にしてしまうのだとか。
ちょっと話が逸れました。それでハンさんはどうやって自身の工房を開いたんですか?

ハン そんな浅草の状況もあって、ぼくが就職しようと思った2000年代後半は、いわゆるベンチワークができるような職場は、どこにもなかったんですよ。唯一あったのがセントラルという工場で、関さんから手縫い靴を習った天狗時代のぼくとしては不満もあったんですが(笑)、修理屋さんを経て、生活のために働き始めました。底付け担当です。

職人による手製靴を習ってきたハンさんとしては、いわゆる大量生産の工場での靴づくりはちょっと物足りなかったと(笑)。

ハン そうなんです。でも今考えてみれば、それがものすごくいい経験になりました。たくさんの機械を使わせてもらえたことで、手と機械を同時に使える職人になれたし、それが今の靴づくりに繋がっていますから。ただ、そこでも働く場所がなくなって、やむを得ず2016年に独立することになったんです。

やむを得ず、なんですね。

ハン いやあ、今だってそれで食えるなら、本当は会社に勤めたいですよ(笑)。でも仕方ないので、貯めていたお金を使って小さな工房を借りて、機械を一台買って、下請け仕事を始めました。最初の仕事は今でも覚えていますが、1足500円の靴磨きでしたよ。底付け職人としては辛かったですが、断れる立場でもないので、一生懸命磨いていました。そうこうしている間に、ひとつふたつ仕事が増えて・・・という感じでしょうか。

ハンさんの靴って、大雑把にいうと、アッパーとソールの接合を機械で行う、グッドイヤーウェルト製法のマシンメイドですよね。かつ、受注生産ではありますが、基本的にはお客さんごとに木型をつくったりしない、レディメイドです。いわゆるビスポーク職人のほうが、高い機械を買わなくて済むから簡単に始められそうなイメージもありますが?
こちらはつま先を吊り込む「トウラスター」だが、実際はほとんど使っておらず、手作業で吊り込んでいるという。
吊り込みが終わった靴はすくい縫いの工程へ。この古い機械でウェルトと呼ばれる細革を縫い付ける。アッパーとソールを直接縫い付けず、ウェルトを間に挟むことで、中底に負担をかけずに何度もソール交換を繰り返せるのが、グッドイヤーウェルト製法のメリットだ。
すくい縫いの後は、コルクなどの中物とシャンクと呼ばれる芯を中底に詰め、最後にこの出し縫いの機械でアウトソールを縫い付ける。

ハン 確かに手縫いのビスポークのほうが低コストで始められますよね。でもビスポーク靴って、足に合う靴がない人を除けば、ある意味では趣味の領域だと思うんです。ぼく自身が今買えるかというと、なかなか難しいし。それよりぼくは既製靴に近い感覚で、お客様に気軽に履いてもらいたかった。

マシンメイドのよさってありますよね。

ハン 今や14万7000円スタートなので、決して安くはないですが、手入れさえすれば30年はもつ靴をつくっているので、年間で考えればそれほど高いものじゃないと思います。ただ、ぼくがものづくりのクオリティとして目指しているのは、ジョンロブとかエドワード・グリーンの既製靴じゃなくて、ビスポークなんですよ。この考え方が、ほかとは一番違うところだと思います。

確かに見た目はビスポークそのものですよね。いまだに勘違いしている人、多いんじゃないですか(笑)? 

ハン よくInstagramのDMで来ますね。「ビスポークなのにこの価格ですか?」って(笑)。

職人は叩いてナンボ!
既製品を超える
オーラの秘密

その美しさがInstagramを通して話題となり、徐々に広まっていったハンさんの靴。もちろん写真だけじゃなくて、実物も美しいぞ! 緊張感あるウィールの刻みなんて絶品だ。ちなみにブランドの顔となるベストセラーは、オックスフォード(内羽根)のストレートチップだそう。納得!
ハンさんの靴がビスポーク的に見えるのって、どこに秘密があるんですか? 

ハン ひとつにはハンマリングという作業があります。靴は当然いろんな部分を縫製しているわけですが、針を通した後って、縫い目に〝花が咲いている〟ように見えるんです。顕微鏡レベルの話ですが。うちの場合その開いた繊維をハンマーで叩いて閉じる。これによって締まった印象が生まれるんです。パーツごとの縫い目も叩いて、なるべく段差をつけないようにしていますし。マシンメイドといっても、手を加えないとこういう靴にはならないんですよね。



左がハンマリング前、右がハンマリング後。縫い目がしっかりと潰れ、革の継ぎ目の段差も抑えられているのがわかるだろうか。これによって完成品の靴の印象は大きく変わる! かなり高級な既製靴であっても、この工程を行わないメーカーも多いとか。
まさに〝美は細部に宿る〟ですね! ただ細かく縫えばいいわけじゃないんだ・・・。大手のメーカーは、こういう工程を機械でやってるんですか?

ハン いや、そもそもやっていないですね。

なんと(笑)。本当にビスポークでしかやらないような工程なんですね。

ハン うちはアッパーの縫製は外注していますが、ダービー系(外羽根)は3㎝あたり15針、オックスフォード系(内羽根)は3㎝あたり17針で縫ってもらっています。ポイントは、革の切り口から1㎜をあけて縫うこと。よく皆さん、革の切り口のギリギリを縫うのがすごいって言いますが、意外とそれって簡単で、ちょっとあけて縫うことこそ難しいんです。そうしてできた縫い目を叩いて仕上げることで、余計な角(カド)が落ちて雰囲気が出るんです。以前ウィメンズの靴ですごく腕のいい職人さんがいたんですが、その方は「職人は叩いてナンボだ」と言っていましたよ。



ドレッシーなオックスフォード系(上2枚)と、ややカジュアルなダービー系(下)ではステッチの幅を変え、さらにラインのカーブにも大きく変化をつけている。どこにも破綻や違和感を感じさせないゆるやかな曲線が最も大切にしているポイントで、そのために試作を繰り返しているという。ハンさん入魂のラインを、ぜひお手持ちの革靴と較べてみてほしい!
ああ、確かにウィメンズの高級なパンプスは、そういう繊細さがありますよね! 同じようなデザインでも、そういうことで差がつくんだろうな。

ハン そうですね。ぼくはデザインという観点では、これ以上革新的な紳士靴って、世の中に多分生まれてこないと思っているんです。だからその分、細かなクオリティや美しいフォルムで差をつける。360度どこから見ても違和感を感じさせない曲線が、うちのこだわりです。

確かに人間の顔も、たった1㎜の違いでハンサムに見えたり、そう見えなくなったりしますからね(笑)。

ハン でも、そういう蘊蓄でモノを売りたいとは思っていませんから、よっぽど詳しいお客様でもないかぎり、いちいち説明はしませんよ(笑)。あくまで1足の雰囲気で見てもらいたいんです。

それが伝わって、今の評判があるんじゃないですかね。でもそうした美しさに対する意識って、ハンさんがデザイナー志望だったことも影響しているんですか?

ハン 他人は気づかなくても、ぼくから見ると「これは角(カド)だな」って思うことはよくありますね。

それこそが才能なのでは?

ハン いや、多分職人はみんな自分の線を持っているんだと思いますよ。それが正しいのかはわかりませんが、自分にしか出せない線だとは思いますし。ぼくもブランドを始めた頃は〝英国っぽさ〟みたいな意識があったんですが、今はそういう思いも消えて、本当にハン シューメーカーをつくるという考えでしかなくなりました。



ヒールや土踏まずの部分もカーブに差をつけ、左右非対称に。


足に当たる部分に金属を使いたくないという理由から、シューレースのホール部分にはハトメを使わない。アッパー、ライニング、フェルトの三層に加え、アッパーと同じ革を挿入した4層構造によって、穴の広がりを防いでいる。


表側からは見えない芯材も、ただ入れるだけではなく、ハンマリングの工程を施すことで、収めたときにきれいなラインを壊さないように気をつけている。
どこの靴と並べても、自分の靴がいいなって思えますか?

ハン 正直言って、その自信はありますね。

おー、それはすごい!

ハン いや、自分では〝普通の靴〟って謳っていますが、心の底では「うちの靴は普通じゃないよ」っていうプライドはあるんです。自慢になっちゃうので言わないだけで(笑)。

職人さんはそうであってもらいたいです(笑)! 

日本の靴文化を
次世代につなぐために

やっぱり靴の職人さんって、几帳面な人のほうが向いているんですか?

ハン ぼくは神経質かもしれないですね。もちろん努力も必要です。あと、ずっと同じことを続けていても苦に思わないこと。自分も長いことそうやってきたのですが、最近は弟子のシンペイが成長したので、だいぶ外に出ることも多くなってきました。なので最近、ぼく自身の腕はちょっと落ちたかな(笑)。

お弟子さんは山梨で雇ったんですか?
ハンさんのもとで2年間ほど修行を積んでいる、弟子のシンペイさん。

ハン いや、東京で声をかけたんですよ。山梨に行けるんだったら教えるよ、と。彼はもと教員で、ぼくの先輩のもとで働いていたんですが、その育て方にあまり展望を感じられなかった。なので先輩に話を通したうえで、ぼくが面倒を見ることにしました。

やっぱり経験者のほうが教えやすいですよね?

ハン いや、中途半端にどこかで習ってきた人よりも、まっさらの白紙のほうが染めやすいというか、教えやすいですよ。職人って、よその色を抜くのが大変なんです。もちろん努力が一番大切なんですが。

ああ、そういうものなんだ。

ハン 機械を入れて靴をつくり始めたときから、うちはシューメーカーでありたいと思っているんです。2人しかいない今のうちみたいな規模で、このレベルの機械を揃えているところなんて存在しませんが、ゆくゆくはぼくを入れて6人くらいのチームで、ある程度の数も回せるメーカーにするのが目標です。

確かに、山梨だったらそれでも余裕をもって仕事ができそうですしね。

ハン ぼくはそのために、お金を貯めては機械を買って、というのを繰り返してきましたから。ぼくたちはビスポークをつくることもできますが、ビスポークの職人さんは、ぼくたちの仕事を真似することはできない。そこは大きな強みだと思います。

ハンさんは、ビスポークでも大量生産でもない、日本のシューメーカーの新しいあり方を生み出したわけですね。関さんが仰っていた「時代に合った職人」とは、まさにこのことかもしれませんね。

ハン ぼくが師事した関さんしかり、セントラルしかり、日本には素晴らしい靴づくりの歴史があるのに、このままでは産業が滅んでしまうんです。もちろんビスポークも素晴らしいのですが、それだけでは産業として成り立ちませんから。

産業として成り立っているからこそ、ビスポークの靴だってある程度の価格でつくれるわけですもんね。それがなくなったら、革1枚、釘1本買うのも大変になってしまいますし。

ハン ハン シューメーカーというブランドが残るか残らないかは、ある意味どうでもいい。自分の世代だけよければいいという考え方を超えて、ぼくは日本の靴づくりの文化を残していきたいですね。

韓国生まれのハンさんが、そういう気持ちでやってくれているのが、とても嬉しいなあ。でも、母国でやろうとは思わないんですか?

ハン 昔からこの広い世界、ひとつの場所だけで生きていくのはもったいないと思っていたんです。ここで家庭を持ったので日本を離れるつもりはありませんが、いつかは自分たちだけで世界中をまわって、トランクショーを開催したい。それがぼくの大きな夢です。

5月11日〜12日、「ぼくのおじさん」のアトリエでトランクショーを開催!

山梨県甲府市を中心に、世界各地でトランクショーを開催しているハン シューメーカー。この靴のすごさをもっとみんなに知ってもらいたい「ぼくのおじさん」は、神楽坂にあるアトリエでトランクショーを開催することにした。詳細は改めて記事にするが、ぜひ日程をあけておいてほしい!

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