2024.5.21.Tue
今日のおじさん語録
「人生で大事なものはたったひとつ。心です。/高倉健」
名品巡礼
連載/名品巡礼

イタリア職人の
ファンタジアって何だ?
木象嵌職人の望月さんが
フィレンツェに
返したいもの

撮影・文/山下英介

突然ですが、皆さんは「象嵌」という字を読めますか? 答えは「ぞうがん」! 模様を〝象(かたど)って、嵌(は)め込む〟という意味で、金属や木材の上に異素材を精巧にはめこみ、ひとつの作品にしてしまうという高度な工芸技法である。日本には飛鳥時代に伝来して、鎧兜や重箱、日本刀などに用いられたという、とても歴史のある技術だけど、ぼくたちが日常生活でその存在を認識することは・・・ほとんどないよね? 今回は、そんな象嵌という技術がいまだに暮らしに根付いている古都フィレツェで学び、「ZOUGANISITA(ゾウガニスタ)」と名乗り活躍する象嵌職人、望月貴文さんを紹介したい。彼がこのフィレンツェにこだわる理由とは? そしてこの仕事の魅力とは? じっくりとご覧ください!

手仕事未経験の営業マンが 
フィレンツェで象嵌職人になるまで

望月貴文さんは1979年東京生まれ。2007年にフィレンツェに渡り、木象嵌職人の道へ。現在はフィレンツェの中心地に、街で唯一の木象嵌専門工房「ZOUGANISTA」を構えている。
住所/Via dei Cardatori,20/r Firenze
mail@zouganista.com
zouganista.com
仕事道具や材料が無造作に積まれながらも美しい、望月さんの工房。機械の類はほとんど見当たらない。
もともと望月さんは、家具のお仕事をするためにフィレンツェに来られたわけですよね?

望月 そうですね。今もやっているのですが、家具の修復を学ぶために2007年、27歳のときにこっちで勉強を始めました。

もともと手先がとても器用だったんですか? 美大とか専門学校を出ていたとか? 

望月 いや、大学は普通に経営学部ですし、絵は全然ヘタです(笑)。卒業後は家具メーカーに勤めていたんですが、普通に営業職でしたから。昔の同級生が今のぼくを知ったら驚くだろうな・・・。ただ、もっと本格的に家具の勉強をしたいなと思ったときに、当時の日本ではアンティーク家具の修理工房はとても少なかったんですよ。それならば海外で勉強してきたら将来的に仕事になるかな、という思いでフィレンツェに渡りました。ぼくが今やっている木象嵌は、アンティーク家具の修復技術のなかのひとつなんですよ。

極薄の突板(※「つきいた」と呼び、薄くスライスした板のこと)を何種類か重ねて糸ノコギリでカット。このパーツを膠(にかわ)で接着して装飾するのが、木象嵌の基本の技術。
その技術自体はフィレンツェだけのものではないですよね?

望月 そうですね。ヨーロッパはもちろん、世界中にあります。日本にも技術は残っていますが、木象嵌の家具自体あまり見かけませんね。

確かにあまりなじみがないですよね。

望月 ですよね。でも、ぼくは最初についた家具修復の師匠のもとでやらせてもらったとき、糸ノコギリを持った瞬間から、なぜだか心とからだにピタッとハマったんですよ。しかも一番最初からある程度上手くできてしまった。まあ今見たら全然ダメですけど、これは自分に合ってるなって。

いやいや、いきなりできるような技術じゃないですよ(笑)。

望月 だからあれは本当に不思議な体験でしたね。その後も修復技術のひとつとして学び続けたのですが、象嵌ってヨーロッパのどこでも伝わっている技術で、地域や時代によってそのスタイルは様々なんです。その幅の広さにも可能性を感じて、どんどんハマっていきました。

イタリアの家具修復職人って、家族で代々受け継ぐような仕事なんですか?

望月 家具修復の場合ちょっと変わっていて、家というよりも工房自体が受け継がれていくんですよ。たとえば17世紀の家具を直すためには17世紀の素材が必要ですから、歴史のある工房にはそうした素材がどんどん蓄積されていきます。

もはや工房自体が文化遺産ですね!

望月 工房そのものの価値が高いので、家業でやるというより、もっと大きな視点でその価値と技術を繋いでいくという感覚なんです。そこにあるストーリーがまた面白いんですよね。

それは面白い。歴史の一部になるような感覚ですね。 

望月 ただ象嵌の技術に関しては、歴史のあるフィレンツェでもどんどん衰退する一方でした。ですからぼくが2013年に「ZOUGANISTA」として開業届を出すときには、専門でやっている象嵌士はひとりもいなかったです。

フィレンツェでたったひとり!

望月 もちろんベテランの修復職人さんは技術を持っていますけど、それでも3〜4人くらいですかね。世界中の古都と呼ばれる街でも、そんな状況だと思います。

やっぱり食えない、ということですか?

望月 それは師匠からも最初に言われていました。ただぼくは師匠の仕事を見ていくなかで、自分だったらこうやれるな、というアイデアを持っていたし、営業の経験もあったので、自分の工房を開く決断ができたんでしょうね。

フィレンツェみたいな古い街で日本人がこういう伝統技術を学んでいることに対して、周囲の反応はどうなんですか?

望月 学び始めたときは、まわりからはちょっとネガティブな反応がありましたね。日本人というよりアジア人全体に対する偏見みたいなもので、挨拶しても帰ってこない、みたいな状況が1年くらい続きました。その反面、滅びゆく技術を日本人が受け継いでくれる、みたいな感覚で興味を持ってくださる方もいましたが。

まあ、同じ技術であればイタリア人のほうがいいや、みたいなこともあるんでしょうね。

望月 それは本当にそうでしたね。職人はコネの世界でもあるので、そのなかに入り込むのは、今でも大変です。でも絶対的に技術者がいないという現実と、この技術自体に価値を感じてくださる方も多いので、なんとかなってます。

ヨーロッパでは住まいにお金をかける人が多いですし、家具修復の職人さんはとても大事にされているのでは?

望月 そうですね。日本と違いヨーロッパでは家具は財産のひとつで、家を買うときに付いてくるようなものなんですよ。そういう存在ですから、技術の価値としてはとても高いです。今や技術のある職人さんは相当少なくなっているのですが、そのなかではぼくの仕事はかなり細かいほうなので、頼りにされていると思います。でも不思議なのが、靴の勉強をしにくる日本人はとても多いのに、木工で来る人は本当に少ないんですよね・・・(笑)。もうちょっといてもいいと思うんですけど。

ちょっと答えにくいかもしれませんが、客観的に見て望月さんの技術は、イタリア人のなかでもトップに位置しているんですか?

望月 細かい技術っていう部分では、それなりにできると思いますが、そこだけを求められているわけでもないですし、感覚的な部分まで含めちゃうと、まだまだっていう感じですね。

お仕事自体は楽しいですか?

望月 楽しいですよ。板を削るこの作業がすごく好きなので。何でもそうだと思うんですけど、うまくいくと面白いじゃないですか。だからこの作業は自分の思い通りにできるので、すごくやりがいを感じますね。

逆にイヤな作業ってあるんですか?

望月 どうですかね? イヤというか、磨きの工程はすごく難しくて、うまくいかない時間があったりするんです。それはなかなかしんどいですね。あと、メンタルを反映しちゃう仕事でもありますし。

バーチ、マホガニー、ローズウッド、ウォールナット、カーリーメイプルといった木目の美しさを活かしきった上で、さらに真鍮を使い金継ぎのような技術を盛り込んだ望月さんの作品。表面は紙やすりで滑らかにした後で、セラックニスという塗料でツヤを出す。デザインこそモダンだが、そこに用いられる技術や材料は、電気のない時代に生まれたものと何ら変わりはない。
望月さん以外の人はおじいちゃんなんですか?

望月 だいたい60〜70代でしょうか。でも自分がInstagramなどのSNSで発信してるのを見て始めたという、若いイタリア人もたまに来ますね。

こういう技術には、やっぱりイタリア流とかフランス流とかあるんですか?

望月 ありますね。自分の場合はイタリアのミックスです。いろんな街を回って、北ではこう、南ではこう、そのなかでも17世紀はこう、19世紀はこう、といったスタイルを学んだうえで、それらのいいとこ取りをしてきました。ここにある水玉のように見える作品も、もともとは1300年代に生まれた技術なんです。当時は3Dの表現というか遠近法が研究されていた時代で、トリックアートの概念もそのときに生まれたのですが、それが木象嵌にもよく反映されていたんですよ。昔の文献や古い教会を見ては、そうした技術をどう活かせるか、ということを常に考えてきました。

まるで水滴が滴っているように見えるが、これも木象嵌の伝統的な技術。

象嵌という技術を
いかに現代に広めていくか?

ぼくが「ZOUGANISTA」を知ったのは、このメディアにもご登場くださっている加賀健二さんのお店「タイ ユア タイ フローレンス」の内装を手掛けられたり、靴職人さんとコラボレートされたりといった、ファッションとの関わりがきっかけでした。こうした活動は意識的にされていたんですか?

望月 そうですね。インテリア業界ってとても狭いので、少しでも認知してもらうためにピッティウォモのタイミングでイベントをやったり、小物をつくったりして、自分の世界を広げていきました。もともと営業をやっていたので、柔軟だったんでしょうね。開業以来9年間いろいろとチャレンジしてきたので、これからはその経験をカタチにしていきたいな、と思っています。具体的にいうと、スケールを大きくしていきたいというか。

日本ならではの作品をヨーロッパの人に知ってもらいたい、という思いからつくった、風神雷神のモチーフを施した木型のオブジェ。
作業用のカッターナイフにも木象嵌の装飾が! 
この仕事を続けていくなかで、心が折れて日本に帰りたい!みたいなことはありましたか?

望月 そこはあんまりないんですよね。やっぱりイタリア・フィレンツェでやっているという誇りを持っているので、帰るとしたらもっと成長してからかな、と。でもどうなんですかね、日本?

ん〜、住宅事情の悪さもあって、あまり家具にお金をかける文化はないですよね(笑)。高価な服を着ていても、住んでるマンションの壁紙はビニールだし、床は安価な合板だったりして。お金持ちでもIKEAとかニトリの家具を使ってるしな〜。

望月 そこらへんはやっぱり、イタリアの文化は成熟していますよね。大きなライフスタイルという枠があって、ファッションはあくまでそのなかの一要素ですから。だから、そういった感覚をもっと日本の人にもうまく伝えていきたいですよね。

イタリアに来ると痛感しますが、日本人は便利さばかりを追求しがちですよね。漆喰の壁よりもビニールのほうが拭きやすい、みたいな(笑)。あとは妙に規格にうるさかったりして。

望月 ぼくがフィレンツェで扱っているような素材って、まず日本では流通しないでしょうね。とても面白いけれど扱いが難しくて、ひと手間どころかふた手間かかるので。本当は10年、20年先経ったときにどうなるか、ということが大切だと思うのですが、そこまで見てくれる人は少ないんですよね。

木材も技術も違う!
古い家具がぼくたちに
教えてくれること

望月さんが修復するアンティークの家具って、やはり古いものなんですか?

望月 一応アンティークの定義は100年以上前のものなんですが、仕事で扱うのはほとんど19世紀後半くらいのものです。たまに18世紀のものもありますが。

そういうものから発見することはあるんですか?

望月 まず素材が違います。たとえば同じウォールナットだとしても、密度や重さが全然違うんですよ。ちょっと叩いたときの音からして違う。もう全くの別物ですよ。

ポプラパール(左写真)、ウォールナット(右写真左)、カーリーメイプル(右写真中)、ニレ(右写真右)など、望月さんのもとに集まってきた貴重な木材たち。なかには数百年前の素材も!
でも同じ木なんですよね? 素材にした後の熟成とかが影響するのかなあ・・・。

望月 今の家具用の木材はすぐに使えるように、人工的に早く乾燥させるんですよ。「人乾」っていうんですけど。

え〜、知らなかった!

望月 「人乾」のものと自然にじっくりと乾燥させるのとでは、締まり具合が違うのは当たり前ですよね。あとは地球温暖化の影響もあると思います。木の導管は温かくなってくると水を吸ってどんどん太くなるので、極端にいうとスカスカの木が多かったりしますから。

今の木材っていわゆる養殖ものなんですか?

望月 そうですね。早く育つ環境を人工的につくっています。これは18世紀後半くらいの材料なんですが、重さも触ったときの温度も全然違う。今からこのレベルの材料をつくるには数百年かかりますよ。

考古学じゃないですが、自分の一生よりも長く生きるものをつくっているわけだからすごいですね!

望月 そこが魅力ですよね。自分がつくるものは50年、100年もつようにしていますが、その時代に自分は生きていないわけです。そう考えると、やっぱり技術の継承は大切ですよね。

素材のみならず、昔の職人さんの技術もやっぱりすごいんですか?

望月 それも全然違います(笑)。 

おお、超絶技術のようなものが!?

望月 イタリアの職人さんって、どの業界でも途中までは雑なんですよ。心配になっちゃうほどに。でもある程度カタチになった後、どこかの瞬間から、急にものすごい色気が出てきたりするんです。それをどうやるのかと言われると、まだ自分は掴めていないところで。イタリアにいる間に、できるだけ吸収しておきたいな、と思っています。

まだ極めたという状況には至っていないわけですね。

望月 もちろんです。丁寧にも早くも仕事はできるんですが、イタリア人独特の魔法というか、ファンタジアとしか言いようのない領域があるんですよ。ワックスひとつにしても圧力のかけ方が違ったりするのか、何か秘密があるのかなあ、といつも探しています。逆にいえば、それさえ持っていたら負けないだろうな、とも思いますし。

なるほど、サッカーでもよく聞く言葉ですが、職人にもファンタジアが必要と!

望月 今海外で成功されている日本の職人さんは、それを身に着けられた人たちだと思うんですよね。

その領域は、マニュアル化できるようなものではないんでしょうね。もちろん機械化も無理ですよね?

望月 うちの師匠の工房に、教会から3×6mくらいのの大きい額縁のオーダーが入ったとき、電動の機械を入れないで仕上げてほしいと言われたんですね。そのときは注文の意味がわからなかったんですが、いざ教会に吊るしてみると、やっぱり機械ではその空間にぜんぜん合わない。機械で仕上げたものは、きれいでもツルッとして全く味がないんですよね。ただ、そうしたことを学べるのも、イタリアにいるからこそで、今の日本では実感できないでしょうね。

古代から家具の接着に使われてきた素材「膠(にかわ)」。その原料は動物の骨や皮を煮詰めてつくられるゼラチンだ。
日本の場合、古い家具には価値がつかなくて、どんどん捨てられちゃっている現実がありますからね。

望月 そこなんですよね。日本はいい家具がたくさん残っているのに、現代のファッションやライフスタイルに合わないために価値がついていない。今のうちにリメイクや修復を通して新しい価値や魅力を植え付けないと、どんどん燃やされてしまうのでは?と危惧しています。 あとひとつ思っているのは、古くて使えなくなっている酒樽のような素材を使って、新しいモノに変えていくような活動ですね。ぼくの仕事って最低限の道具と材料さえあればどこでもできるので、そんなことを夢見ています。

それは素敵ですね! もともと日本って木の文化だったのに、なんで今はこんなに偽物ばかりで溢れているのかなって、嫌になっちゃいます。

望月 京都の町屋なんかもどんどん取り壊されていると聞くので、そこは現実的に、今後取り組みたいことですね。私の妻は京都出身ですし。

そう考えると、イタリアって古いものがたくさん残っていて、やっぱり文化的な成熟を感じますね。

望月 それでも今は、なかなか材料が手に入りづらくなっているんですよ。

ウッドショックの影響ですか?

望月 そうです。木材だけじゃなくて、細い釘とか、需要の少ないものはどんどんつくられなくなっている。10年前は当たり前に使えていたものが、最近やけに手に入りにくくなっています。

それは靴や洋服づくりの世界でもあるらしいですね。そういう技術や工芸品は、いつか手の届かない超高級品になってしまうのかなあ・・・。

象嵌をもっと身近に!
Zouganistaのものづくり

アンティーク家具の修復というのは、かなり高価なんですか?

望月 たとえば、椅子一脚をある程度修復すると400ユーロくらいですかね。脚が折れたのを直して、ある程度磨き直して、虫食いが入っていたら消毒して・・・といった工程でそれくらいになります。

日本円で6万円くらいの感覚ですね。

望月 椅子一脚が買える値段なんですが、それでもいいからっていうお客さんが、フィレンツェにはまだいるんですよね。決してお金持ちというわけではなく。

ニトリだったらテーブルセットが買えちゃいますね(笑)。やっぱりヨーロッパは家具の文化が成熟してるなあ。
木象嵌づくりに欠かせない、糸のこぎりで突板を切り出す作業。今やレーザーカットや電動のこりぎりを使うのが当たり前だが、望月さんは手作業にこだわり続けている。

望月 そうですね。修復技術そのものも幅広くて、庶民的なやり方もあれば、ミュージアム用の高度な技術もあるんですよ。ほかの工房のお手伝いでやるような修復は、スピードが求められるので前者のほうですが、この工房では後者のやり方を目指しています。今はふたつのやり方を学べているので、とても楽しいですね。

なるほど。ただ、やっぱり楽しいのは、思う存分技術をふるえる後者のほうですか?

望月 そうなんですが、貴族のための技術で終わらせてしまうのはちょっと違うな、とも思っていて。こういう高度な技術をもっと手の出しやすい、カジュアルに楽しんでもらえるような手段はないかな、と試行錯誤しています。この感覚はファッションをやっている方々と共通するところだと思いますが。

ああ、それはおっしゃる通りですね。最近の日本でも機械式時計やヴィンテージ家具、現代アートはお金持ちの投機的趣味の側面ばかりが語られるようになって、ぼくはその流れにちょっと危機感を抱いていますから。ちなみにこういう名刺ケースみたいなものは、割と手に入れやすいんですか?
レザーと木材を縫い合わせ、象嵌細工を組み合わせたカードケース。細工のディテールは自由にオーダーができる。象嵌部分はローズウッドをベースに、なんと計10 種類もの木材を使っている!

望月 オーダーでやっていて、300〜400ユーロ程度です。

ああ、それならぼくらでも普通に楽しめますね! これってレザーの縫製も望月さんがやってるんですか?

望月 はい。それこそ靴職人の深谷秀隆さんに教えてもらったりして。フィレンツェって、革からジュエリーに至るまで、各分野のスペシャリストがとても近い距離にいるので、すごく特殊な場所なんですよ。

それは職人にとって、実に恵まれた環境だなあ! しかしこの靴もすごいですね・・・。
一見リアルな靴に見えるが、実は木型に2種類の突板を合わせて縫製まで施した、美しいオブジェ。濃色部分に使っているのはRedica di tuiaという木材で、日本には存在しないもの。実はこの素材の美しさはレザーの世界でも知られており、ここからインスパイアされたRedicaというアンティークフィニッシュの革も多いらしい。

望月 これは深谷さんのお弟子さんだった靴職人、ORMA SHOEMAKERの島本亘さんとのコラボレートです。彼のデザインと木型に合わせてぼくがつくったのですが、イームズの家具で見られるような成形合板という技術を使っています。薄い木材を何枚か重ねて、接着しながら乾燥させて型をつくり、パーツごとに木型に合わせて固定するという。

こういうアイデアってどこから生まれてくるんですか?

望月 やっぱり修復をやってると、いろんなものと出会うんですよ。修復って、その当時に頭を戻さないとできないんですね。現代のように、当たり前に照明があるような環境でつくられたものではないので。電動の機械が存在しないそんな時代に、これはどうやってつくっていたのかな?ということを考え始めると、どんどん見えてくることがある。そうした当時の技術が頭のなかに蓄積されていって、いざ自分が何かをつくるときに、アイデアとなって生まれてくるわけです。

昔って昼しかやらないか、蝋燭の灯りでやってたわけですから、すごいですよね。

望月 それこそフラスコみたいなガラスの丸い瓶に水を貯めて、それを拡大鏡がわりにするとか、現代の常識では測れませんよね。優秀な職人さんって、やっぱりそういう昔の知識がしっかり頭のなかに入っている人たちなんですよ。手先の技術自体は現代のほうが高いかもしれないけれど、そういう部分で自分はまだまだ学ぶべきことがあるなと、いつも痛感させられます。

以前インタビューしたピザ職人の池田哲也さんが、職人にはリベラルアーツの素養が必要だと仰っていましたが、まさに昔の職人さんにはそれがあったんでしょうね。

望月 どの仕事も、クオリティが上がってくればくるほど、感覚が共通してくると思いますね。自分の仕事でいうと、コックさんやお医者さんと近い部分があるような気がします。なぜだか彼らの言っていることが、すごくわかるんですよ。

それこそがファンタジアの領域なんでしょうね(笑)。こういう作品は、だいたいどのくらいの時間をかけてつくるんですか?

望月 すべて手作業なので、だいたい2〜3週間程度でしょうか。ただ、その前段階の考えている時間がすごく長いんですよ。

なるほど。当然ご飯を食べるための仕事もあって、こういったアートに近い作品は、それとは別に時間をとっているわけですよね。これでだいたい、いくらくらいなんですか?
ベースはオルモと呼ばれるニレの木で、縁の白い部分はポプラパール、イルカはウォールナット・バーチ。
カーリーメイプルをベースに、ローズウッドやバーチを効かせた作品。

望月 2000〜3000ユーロくらいですかね。

当然高価ではありますが、かかる時間を考えたらリーズナブルに感じるなあ。 これだって、おそらく数週間はかかりますよね?

望月 これは結構かかりますね。材料がこれで42㎝あるんですが、それだけのサイズの材が取れる木って、樹齢でいうと数百年クラスなんですよ。最近はそういう材料が本当に出まわらなくなっていますから。

需要があったからつくれるというものじゃないし、歩溜りも悪いし、大変ですねえ。

望月 大トロの中でも一部、みたいな感じですからね。だからこの材料から何個の製品がつくれて・・・といった原価計算ができない仕事なんですよ。

うーん、それは大変だ・・・! すべてひとりでやるのは大変だと思いますが、お弟子さんはいらっしゃるんですか? 

望月 そろそろ弟子はほしいな、とは思っていますが、まだいないんですよ。 日本人には向いている仕事だと思うんですけどね。

今はどの国でも、技術の継承は大きな課題になっていますよね。

望月 ただ本当は、イタリアの若い人たちに伝えたいんです。ぼくの技術はイタリアで学んだものですから、いつかイタリアにお返ししたい。日本人であるぼくは、きっと日本に帰るときがくるだろうし、この5年が勝負かな、とも思っているのですが、それまでに残せるものはすべて残していきたいんです。作品も、技術もね。

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