2024.4.28.Sun
今日のおじさん語録
「バーカウンターは人生の勉強机である。/島地勝彦」
お洒落考現学
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連載/お洒落考現学

〝アウトサイダー〟な
東大准教授・
平沢達矢が語る
ヴィンテージジーンズと
古生物学の関係

談/平沢達矢
写真・構成/山下英介

科学者がみんな白衣を着て研究室に閉じこもっているナードな人たちだと思ったら、それは大きな間違いだ! 『ぼくのおじさん』は、リーバイス501XXを穿きこなし、ビートカルチャーをこよなく愛する科学者、平沢達矢さんにインタビューを依頼。東京大学で「古生物学」という分野を研究する彼の目には、ヴィンテージウエアの世界はどのように映っているのだろう? そして研究者のあるべきスタイル、アティチュードとは? 

『ジュラシックパーク』を観て
恐竜研究の道へ!

東京大学本郷キャンパスにある平沢さんの研究室。恐竜、ヴィンテージ、アウトサイダーカルチャーの要素がミックスされた空間は、平沢さんの脳内を覗いているようで楽しい。
いきなりの素人質問で恐縮ですが、そもそも平沢さんが研究されている分野って、どういうものなんでしょうか?

平沢 分野は複数にまたがっているんですが、一番核となるのは古生物学ですね。一般的には恐竜や、もっと古い時代の脊椎動物の化石の研究が活動の中心です。

東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻准教授という、我々にとっては想像もつかないほど壮大なテーマを感じさせる肩書きですが(笑)。

平沢 教科書的な言い方をすると地学ですね。なので地質学とか鉱物学、そして惑星科学という名前がついているので、地球だけではなく火星などの探索も分野に含まれます。専攻の中には、「はやぶさ2」に関わっている人もいますよ。

火星探索も! ロマン溢れる世界だなあ。

平沢 そのなかでも私は生命圏化学講座と言って、生物とそのまわりの環境を一番主軸に据えているところに所属しています。ただ前職は理化学研究所の発生や再生の研究を行なっているセンターで活動していたんです。そういう経緯もあって、2年前につくられた私の研究室では、進化発生学と古生物学を半々でやるという形をとっていますね。

あの有名な理化学研究所! てことは遺伝子にも関わってくる世界なんですね。

平沢 進化の基本となる遺伝情報はゲノム上にあるので、どうにかゲノムから化石にまでまたがった研究をしたいと思いまして。

そういった分野を志すきっかけはなんだったんですか?

平沢 すごく単純な理由で、子供のときに恐竜が好きだったんです(笑)。

そりゃ子供はだいたい恐竜好きですが、それで東大の准教授にまでなっちゃう人はそういないですよ(笑)。

平沢 そうですね。ただ私の世代でいうと、小学校高学年の頃に映画の『ジュラシックパーク』(1993年)が公開されて、もう一波を浴びちゃうんですよ。その影響で大人向けの恐竜の本もたくさん出版されていたので、中学生になっても興味が醒めなかったんです。運もよかったですね。

インディ・ジョーンズみたいな
学者のスタイルに憧れて

20世紀初頭のインダストリアル家具を現代に蘇らせる、金属家具工房BLACK SMITH Co.にオーダーしたというウォールランプ。
これからじっくり伺おうと思っている、アメカジファッションへの目覚めは、いつくらいから?

平沢 これも『ジュラシックパーク』と同じくらいで小学校6年生くらいかなあ。学校や塾の帰りに、本屋さんでファッション誌やカルチャー誌を立ち読みして。もう終わりかけだったとは思いますが、1980年代後半から始まった第一次ヴィンテージブームを、いちおうリアルタイムで見てはいるんですよね。

小6から! それはけっこう早熟ですよ。しかし恐竜とヴィンテージ、ちょっと乱暴ですが、〝古いもの〟ってことでまとめちゃっていいんですか(笑)?

平沢 そうですね。共通するのは、時間の流れを感じられるものです。そして、今は存在しないもの。恐竜の本を読んでいると、たいてい研究の歴史について触れているページがあるんですが、そこに出てくる学者や研究者たちも、とても格好いい。そういうところから、彼らのスタイルにも惹かれていったんです。

平沢さんのなかで、アイドルというかカルチャーヒーローは存在したんですか?

平沢 20世紀前半に活躍した探検家で博物学者、ロイ・チャップマン・アンドリュースですね。彼はインディ・ジョーンズのモデルのひとりとも言われていて、恐竜学者なら誰もが憧れる人です。

インディ・ジョーンズ! 早速ネットで画像を検索してみましたが、確かに格好いい人ですね。

平沢 彼自身がファッションを意識していたかはわかりませんが、1920〜30年代の洋服って、カッティングもディテールも今とは違いますよね。これが19世紀後半まで遡るとさすがに参考にしようとは思いませんが(笑)、この頃の研究者たちのスタイルって、現代に通じるものがあって格好いいんです。

当時は化繊なんてありませんから、当然天然素材でつくったアウターなんかを着て探検しているわけですよね?

平沢 そうですね。たまたま博物館が公開した発掘隊のアーカイブ写真のなかに、面白い1枚があったんですよ。

一見炭坑夫にも見えるが、こちらは20世紀初頭の化石発掘隊のメンバー。革パッチやバックストラップ、サスペンダーボタンなどジーンズ特有のディテールが伺える。
おお、1909年とありますが、ジーンズらしきものを穿いていますね。パッチも付いているし!

平沢 そう。研究者かどうかはわかりませんが、発掘隊のメンバーです。たぶん形的にリーバイスの501じゃないかと想像しているんですが。

世間一般で語られるジーンズの歴史って、炭坑夫やカウボーイが穿いていたワークウエアが、1950年代頃からタウンユースされるようになる・・・といった史観に基づいていますよね。こういった穿かれ方もあったんだなあ! この人はアルバイトか何かですかね?

平沢 ちゃんと雇われていた人だと思いますよ。発掘隊には、研究者もいればアーティストやガテン系など、さまざまな職種の人が出入りしますから。でもこの職業は、研究者自身も力仕事ができないといけません。恐竜の化石は重たいですからね(笑)。

ぼくらが考える〝学者像〟とはだいぶ違うなあ。平沢さんも、こういった探検というか、フィールドワークをされるんですか?

平沢 そうですね。日本国内でいうと、人が立ち入らないような天然記念物の山の中が多いですね。まさに登山の世界です。海外はコロナ禍もあり現在は行けませんが、学生の頃には1ヶ月ほどゴビ砂漠の恐竜発掘調査隊に参加しました。

2008年に平沢さんが参加した、ゴビ砂漠における発掘調査の模様。デニムの上下にダナーのブーツを合わせたラギッドなスタイルには、こんな科学者がいたのかと驚かされる! 写真提供/平沢達矢
それはすごい。まさにインディ・ジョーンズの世界ですね! 

平沢 調査隊は旧ソ連の軍用トラックを2台連れていたのですが、一台はテントや物資用、もう一台は化石を積んで帰る用。夜はテントを張って、星空の下で寝て、みたいな日々でした。

ロマンだなあ。でもバカっぽい質問で恐縮ですが、砂漠って単純に広いじゃないですか(笑)。どうやって探すんですか?

平沢 それはもう歩き回るしかないですね。地層を見ていると、堆積環境によってその様子が変わっていたりする。また、砂粒ひとつとっても、骨が集まっているようなところは、ちょっと荒めの粒だったりするんです。そういう知識や直感をもとに探っていきます。昔だったら地図を見なくちゃいけませんでしたが、今はGPSがあるので、その点では多少楽ですが。

平沢さんが愛用するルーペ。レザー製のケースは、なんと自作したもの! ミシンも所有しており、簡単なジーンズのリペアなどは自分で行えるという。

古生物学者のフィルターを通した
ヴィンテージウエアって?

気が遠くなる話ですね。そういう発掘調査のときは、どんな洋服で臨むんですか?

平沢 ゴビ砂漠のときはジーンズにワークシャツで、寒いときはその上にダウンジャケットを着ました。砂漠って秋が近づくと意外と寒いんですよ(笑)。ただ、可能ならなるべく天然素材を着るようにはしています。

研究室に置いてある『ダナーライト』も、そういうフィールドワークで履かれているんですか?
現在でもアメリカ製を貫く数少ないアウトドアブーツ、『ダナーライト』。内部に仕込まれたゴアテックスが水の侵入を防いでくれる。その実力は、まさに探検家のお墨付きだ!

平沢 砂漠にも履いていきましたが、フィールドワーク専用ですね。もうソールを3〜4回張り替えていますが、すごく歩きやすいですよ。

もしかして、お好きなヴィンテージジーンズも、砂漠に穿いていったりするんですか?

平沢 そこはさすがにリーバイス501XX(ダブルエックス)のレプリカを穿いていきます(笑)。フィールドワークに穿いていくと、アメリカの鉱山から発掘されるジーンズくらい、ものすごく見事なヒゲができますよ。たまに古着屋でペンキが跳ねたジーンズが売っていたりしますが、私たちの研究にも接着剤や石膏を使うので、それに負けない1本に育ちます(笑)。

手前はリーバイスが第二次世界大戦期につくっていたS501XX、通称「大戦モデル」。物資統制の影響で仕様が簡略化されており、個体による相違点が多い、マニア心をくすぐるモデルだ。奥は穿き込んだフリーホイーラーズのレプリカジーンズ。
街で穿くのとはレベルが違うんでしょうね。古着屋さんで売ってたら買いたいかも(笑)。

平沢 でも実は、あまりヒゲ落ちが趣味じゃないんです(笑)。だからヒゲ落ちさせない用のジーンズも用意していますけれど。でも、実際に発掘調査をしていると、やはりワークウエアとしてのリーバイス、特にXX期までのもののよさは実感させられますね。前屈みになっても決して苦しくならないし、裾がずり上がることなくブーツにしっかり被さって、実に仕事がしやすい。ジーンズのリベットを生地でかぶせた「隠しリベット」の存在価値も、よくわかります。もしかして馬やバイクに乗るときはリーのほうがいいのかもしれませんが(笑)。

惚れ惚れするような色落ちの、リーバイス501XX。1950年代後半のもので、ベルトを通すセンターループが中央に対してずれて縫われている、通称〝ループずれ〟だ。スニーカーはアナトミカのもので、内側がカーブしたいわゆるモディファイドラストが特徴。桜咲く取材時の景色に合わせた、ピンク色がとてもきれいだ。平沢さんは、本誌でもおなじみの〝ぼくのおじさん〟、赤峰幸生さんの色に対する美意識にとても共感しているという。
確かにジーンズがワークウエアとして穿かれていたのは、XX期くらいまでですもんね。街で着ているだけではわからない、本当にリアルな意見だなあ!  

平沢 基本的には1930年代のアメリカのスタイルが好きなのですが、当時の洋服って、ワークシャツしかり、ハンティングジャケットしかり、職業ごとにちょっとずつ形が違ったりしていて、機能とカタチがリンクしているんですよ。私が恐竜を好きになったのも、まさにそれが大きな理由です。たとえばティラノサウルスの骨格や筋肉のつき方、歯の形ひとつとっても、狩りをして肉を食べることに特化した機能が満載しているんですね。研究として面白い動物は色々ありますが、私が美しさを感じるのは、そういったカタチから機能を想像できるようなデザインなんです。

こちらは2020年、岐阜県の奥飛騨エリアにおける地質調査の模様。古生物学者のフィールドワークは、まさに〝探検〟。身に着けるウエアや装備は、なによりも機能が優先であり、状況によってはハイテク素材も選ぶという。逆にいうとそんな平沢さんがときにフィールドワークの相棒として選ぶジーンズは、現代でも通用する機能服ということだ!
じゃあ最近でいうと、ストレッチ素材のセットアップみたいな、汎用性を売りにしたものには魅力を感じない?

平沢 そうですね。このポケットはこれを入れるためだけにある、という考え方が好きですね。ロレックスのサブマリーナーにも、そういった機能美を感じます。

たとえばバブアーなんかは着るんですか? フィールドワークには便利そうですが。

平沢 着ている人は素敵だな、と思ったりはしますが、石油系のオイルを使ったバブアーは、私にとっては新しいものなんですよね(笑)。防水系のアウターならコットンを高密度で織ったベンタイルとか、インディ・ジョーンズが着ていたレザーのほうが好きかなあ。もともとあれらは、今でいうナイロンの代わりに着ていたものですから。さすがにハードなフィールドワークでは現代的なアウターシェルを着るようにしていますが、下にウールのシャツを着るだけで、蒸れずに暖かく過ごせる。やはり私は天然素材が好きですね。長いこと着てボロボロになっても、見栄えしますし。

ヴィンテージウエアに代表される洋服を、古生物学者的なアプローチで観察しちゃうようなこともあるんですか?

平沢 もちろんです。私たちの研究は「この恐竜の骨はどうしてこんなカタチなんだろう?」といった素朴な疑問から始まるのですが、それと同じでジーンズひとつとっても、どうしてこの時代の個体には鉄のリベットを使っているんだろう?なんて疑問に思いを馳せるのが楽しいですね。たとえば私が持っているリーバイスのいわゆる「大戦モデル」は、ポケットの縫い方がちょっと変なんですよ。

こちらも先ほど紹介した「大戦モデル」。これはサイズもバッチリで、これから時間をかけて自分好みに色落ちさせていきたいそうだ。 
というと?

平沢 普通は袋布の内側からステッチをかけて外側に縫い目が露出しないようにつくられているんですが、これはロックミシンのステッチが外側に来ていますよね? とても不思議なんですが、これはエラーというわけではなく、そのさらに数十年前の501で見られた縫製の仕様なんです。推察すると、第二次世界大戦の影響で、当時の職人たちが再動員されたことで、一時的に当時の縫製が復活してしまったのかもしれない。

物資節約のために生まれた独特なディテールの数々が持ち味の、「大戦モデル」のポケット(左)。隣はベーシックに縫われたレプリカジーンズ。微細だがその違いは一目瞭然だ。
老職人が昔の手クセで縫っちゃったわけですね(笑)。一着の洋服からそういう想像ができるのって、楽しいなあ。

平沢 ただ、古いモノだけが好きというわけでもありません。昔の洋服に見られた仕様をアップデートした現代モノにも、魅力はありますし。実をいうと、最近あまりヴィンテージジーンズは買っていないんです。単純に高すぎて手が出ないという理由もありますが、価値が上がるから買っているという人も多いので、その傾向はちょっと違うんじゃないかなって。だってこの大戦モデル、私は2003年くらいに9万8000円で買っているんですよ。あの当時は底値でしたが、当時はまた値上がりするとは思いませんでしたから。

うわあ、今なら100万円超えかも・・・。現代モノではどういったブランドがお好きなんですか?

平沢 フリーホイーラーズやウエアハウスが好きですね。生地の質感でいうと、この2ブランドが圧倒的にヴィンテージに近いと思います。フリーホイーラーズに関していうと、縫い糸の色抜けまで抜群に再現されていますね。ただし、この手のレプリカもかなり古い織機を使っているので、いつかつくれなくなってしまうかもしれません。なので今のうちにちょくちょく買うようにしています。

縫製糸の色の褪せ方ひとつとっても、リアルなものづくりが伺える、フリーホイーラーズのジーンズ。

科学者たちよ、
アウトサイダーであれ

いやあ、本当に面白いですね。残念ながらもう学者にはなれないけど(笑)、憧れちゃいます! しかし平沢さんのような古生物学者に共通する素養って、なんでしょう?

平沢 パーソナリティでいうとマイペースで独立心が旺盛、まわりに影響されないタイプでしょうか。学長の座を巡って争ったりする映画やドラマがありますが、古生物の研究者に限っていうとそういう権力志向は珍しくて、むしろ自分のやりたい研究ができなくなるから、偉くなりたくないという人のほうが多いんですよ。私自身も、いつも〝アウトサイダー〟でありたいと思っています。

アウトサイダー! その感覚は、平沢さんが愛するビート・ジェネレーションのアーティストたちと共通しますね。彼らは当時の法律や世の中の価値基準に背いてでも、人間のもつ可能性を追求したわけで。
平沢さんの研究室に飾られたアウトサイダーたちの肖像。1960年代のロックミュージックを愛し、なかでもジミ・ヘンドリックスに関しては思い入れが深い平沢さん。タイムスリップできるなら、真っ先にジミヘンのライブに行きたいという。

平沢 そうですね。彼らの行ったことが正解だったか否かは別として。詩人のゲーリー・スナイダーは、体制に迎合せず自分の感じたことだけを表現し続けましたが、私たち科学者も同じだと思うんです。自分の目で見て測った、真実だけを追求しなくてはいけませんから。

確かに、研究者がときの権力者や世論に迎合してしまっては、真実が歪められてしまいますからね。それは私たちメディア側の人間にも言えることですが・・・。ただ、自分なりの真実を追求した結果、マッド・サイエンティストになってしまった科学者が映画などに出てきますが、平沢さんは彼らの気持ちもわかったりするんですか?

平沢 言いにくいんですが、えーと、わかりますね(笑)。

あ、わかるんだ(笑)!

平沢 でも、実際に科学者になってみて感じることは、ただのアウトサイダーでは意味がないということです。進化の歴史を俯瞰した世界観を記録に残したり、それを一般の人たちに伝えることで社会に貢献したいという思いは常に持っています。いまだに悩むことはありますが、そのあたりのバランスは必要なのかもしれません。

それは深いなあ。

平沢 あと、研究者には〝身体性〟も大切です。現代を生きる私たちはiPhoneで写真を撮るだけでデータを取った気持ちになりがちですが、それだけでは頭の中にインプットできません。「この形はちょっと変だぞ?」とか「この部分にはこういう筋肉がついていたんじゃないか?」といったひらめきは、そこからは生まれてこないと思うんです。自分の体を動かして化石を採取することはもちろんですが、時刻を知るときだってデジタル文字を見るより、アナログ時計の針が回転する動きと結びついていたほうが、記憶として結びつきやすい。

アナログな道具にこだわることにも、意味があるんですね!

平沢 ですから私は学生さんにも、写真ではなく自分の手でスケッチしようと言うんです。手を動かしたほうが違和感に気付きひらめきも生まれやすいですし、脳にインプットされる情報量そのものも多くなる。来るべきAIの時代においてはデータ駆動型の研究が主流になりますが、私たち学者がどう対応すべきかというと、これしかないんじゃないかと思うんですよね。対抗はできないにしても。

古生物学者御用達の、エスティングというブランドのハンマー。ヘッドと持ち手が一体化している点と、やわらかい鉄を使っている点がポイントだという。硬い鉄で岩石を砕くと、割れた金属片が飛び散って危険なのだとか。

進化のヒントはどこに? 
現代の探検家の夢は尽きない

今平沢さんがやりたい研究って、どんなものですか?

平沢 やはり発掘調査隊をつくりたいですよね。アメリカやモンゴルはすでにたくさんのチームが入っているので、南米のパタゴニアやアフリカにある、まだ手付かずの場所に行くのが目標です。

こういう時代になっても、まだ発掘されていない場所なんてあるんですか?

平沢 たくさんありますよ。地質調査って、化石の研究のためというより、やはり石油やレアメタルに代表される地下資源の研究のために行われているんです。なので多くの資源の埋蔵の調査はされつつも、化石の調査はまだあまりされていない国が狙い目ですね。

恐竜の新種なんかも、まだ出てくるんですか?

平沢 それはもうたくさん。だって、恐竜の時代は1億6000万年もあったのに、現在発見されているのって、まだ1000種類程度なんですよ。現生の鳥だけでも1万種類以上いることを考えると、今見つかっているのなんて1%以下でしょう。4億年前に遡ると古生代といって魚類の時代だったわけですが、その時代にしても最近新しい系統の魚がたくさん見つかるようになっています。そこで初めてヒレや顎ができた魚が発見されたりすれば、私たちの体がどうやって進化してきたか?という問いについてのヒントがどんどん生まれてくる。現代はその変化を遺伝子レベルで研究できる、とても面白い時代なんですよ。

モロッコの砂漠で発掘された、4億5000万年前の三葉虫の化石。
もはやひとりの研究者の一生では調べ尽くせないですね。でも、これをやれたら俺はもう満足だ、という研究はあるんですか?

平沢 そうですね・・・。脊椎動物の進化の歴史は約5.2億年なんですが、大きな形の変化って、どれも進化の初期に現れているんです。つまり現在の地球上にいる生物たちは、私たちの祖先と較べると、形を変えにくくなっているのではないか?という疑問があるんです。宇宙の歴史はビッグバンから始まって加速膨張していますが、それと似た感覚で生物の歴史を俯瞰すると、進化の速度は遅くなっているように見えるのはなぜだろう? この謎を科学の俎上に載せて解明できたらいいなと思っています。

すごいスケールですね・・・! しかし発掘調査にはものすごい予算がかかりそうですが、そういうのは大学が出してくれるものなんですか?

平沢 大学からはほとんど出ないですね。なので民間企業をスポンサーにつけたり、政府系支援機関から研究費を獲得することになります。

そうなると、やはりこの世界ですごい研究者は、やっぱり人を惹きつけるカリスマ性を備えているということでしょうか?

平沢 それはありますね。私が尊敬するロイ・チャップマン・アンドリュースも、自動車メーカーのダッジ社をスポンサーにつけて発掘調査の予算を捻出したはずなので。現代でいうと雑誌の『ナショナルジオグラフィック』や時計メーカーのロレックスが、私たちのような研究者のスポンサーになってくれています。化石の発掘者に対するスポンサードはまだかもしれませんが。

言わずと知れたロレックスの名品。リセールバリューを狙う向きには理解できないだろうが、平沢さんはこちらをフィールドワークにも使っている。これが本来の在り方だ!
さすが『エクスプローラー(探検家)』を売りまくってるだけはありますね(笑)。でもあまり日本でそういう活動をしている企業は聞いたことがないなあ。特にファッション分野では。

平沢 社会をよりよくするための研究でもあるので、私たち研究者側も、一般の人たちに面白いと思ってもらえるように、伝え方を工夫しないといけませんよね。

平沢さんだったらファッションブランドのスポンサーがつきそうですね。めちゃくちゃクラシックなユニフォームで探検したりして(笑)。興味のある方はこちらまでご連絡ください!
右はフリーホイーラーズのジャケット。アメリカントラッドで有名な『サック(袋)コート』の源流となる、20世紀初頭のデザインが特徴。講義の際にはこういったジャケットを羽織ることも多いという。左はボーズグラッドラグスというブランドで購入したバッグ。中央にあしらわれたコンチョは、亀がモチーフだ。平沢さんも亀の研究をしていたことから、縁を感じたという。

これからの人間は
どう進化していくのか?

フリーホイーラーズのレザージャケットは、ナチュラルショルダーでVゾーンの狭い20世紀初頭特有のシルエット。個体由来のトラ(革のシワやシミ)や傷をそのまま残した、無加工のディアスキン(鹿革)を使っている。オックスフォード生地のボタンダウンシャツも同ブランドのものだ。
生物の進化を研究されている平沢さんに、ひとつ相談してもいいですか? 今ぼくは人間とスマホがセットでひとつ、という形で進化し始めちゃったらどうしよう?と恐怖を抱いているんです。つまり人間の脳がスマホをハードディスクと認識して、その容量やスペックを自ら抑えてしまうような。実は最近ど忘れがひどくて、スマホなしでは生きていけなくなりそうで(笑)、どうしたものかと。

平沢 それは遺伝しないので進化とはちょっと違いますが、環境というか人間の在り方は変わってきますよね。スマホや情報化社会の影響で、今まで人間の生存に絶対必要だった特徴がなくても大丈夫になってくるわけですから、ダーウィンの進化論における「自然選択」が働いて、それに適応した形に変化していくことはあり得ます。

それはちょっと怖い話ですね。でもそういう時代だからこそ、先ほどおっしゃった〝身体性〟が求められるということなのかもしれません。そう考えると、平沢さんのラギッドな装いやビートカルチャーへの傾倒も、すべてがつながっているように思います。

平沢 ビートカルチャーから影響を受けた映画に『イージー・ライダー』(1969年)がありますが、その冒頭には最初に腕時計を投げ捨てるシーンがありますよね。私もSNSをやっているので偉そうなことは言えませんが(笑)、現代であれば、捨てるべきはスマホなのかもしれませんね。

写真提供/平沢達矢

 

平沢達矢

1981年東京都生まれ。東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻准教授。

東京大学大学院の博士課程を修了後、理化学研究所の研究員に。2020年4月から東京大学で古生物学を研究する。フィールドワークの傍ら『学研の図鑑LIVE』シリーズへの協力などを通して、古生物学の楽しさを子供たちにも伝えている。

https://www.instagram.com/tatsuya.hirasawa/

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