2024.4.17.Wed
今日のおじさん語録
「世界はあなたのためにはない。/花森安治」
お洒落考現学
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連載/お洒落考現学

イタリアの
普通のおじさんたちと、
おじさんみたいな格好をした
若者たちのスナップ

撮影/山下英介

もうだいぶ季節は春めいてきてしまったけれど、「ぼくのおじさん」はこの冬取材してきたイタリアのファッションについて、記事を制作した。あまりにも魅力的だったがゆえに、いい意味でも悪い意味でもひとつのイメージがつきすぎてしまったけれど、改めてイタリアのおじさんたちの装いに、注目してみませんか?

イタリアは普通の
おじさんが格好いい!

この2月、「ぼくのおじさん」はイタリアのミラノとフィレンツェに取材旅行に出かけた。「ぼくのおじさん」としては初めての海外取材という形になるが、実は編集人は2000年代半ば頃からコロナ禍の直前まで、年に2〜3回の出張を欠かさなかった、とてもなじみ深い国でもある。それらの取材のテーマは主にファッションで、携わった雑誌のテイストに合わせて、たくさんのちょい不良オヤジやダンディのお洒落ぶりを紹介してきたものだ。しかしそうしたイタリアのキメキメの格好つけな側面ばかりが紹介されすぎた副作用なのか、もしかしたら「ぼくのおじさん」を読んでいる若い皆さんの中には、イタリアのファッションに対してちょっとネガティブなイメージを抱いている人もいるかもしれない。いや、はっきりいって結構いるはずだ・・・!

そういったたくさんのイタリア記事をつくってきた当事者のひとりとしては、ここで誤解を解いておきたい。みんながイメージするキメキメなイタリアはごく一部の世界であって、大部分のイタリア人の格好は、全くもってあんな感じじゃないのである。そして編集人が最も愛するイタリアのファッションは、そういった普通のおじさんたちの装いなのである、と。

というわけでここでは、イタリアの普通のおじさんたちと、おじさんみたいな格好をした若者のスナップを掲載させていただくことにした。

北イタリアの冬の風物詩、
ローデンコート

冬のイタリア、特に北部を旅したことのある方ならご存知かと思うが、とにかくおじさん世代の着用率が高いのが、後付けの袖とぱっくり割れた背中のインバーテッドプリーツ、そしてAラインのシルエットを特徴とする、ウール製のコートだ。

ローデンコートを着た、ミラノの典型的な紳士。肩に縫いマチをとっているのに脇の下は縫わない独特の袖付けと、ステンカラー、レザーでくるんだボタン、膝下まで伸びる着丈が特徴。これを基本として、様々なデザインバリエーションが存在する。
胸から肩まわりを二重構造にした、マントのようなデザインもある。
北イタリアでは、女性の愛用者もたまに見かける。
たまに見かけるネイビーのローデンコート。

実はこちらは、オーストリアからイタリア北部にまたがる、アルプス山脈東部のエリア、すなわちチロル地方で生まれたハンティング用のコートで、その名も「ローデンコート」。中世においてはハプスブルグ家の所領であり、今もなおドイツ文化を色濃く残すこの複雑な文化圏で、羊飼いたちが織っていたウール系の縮絨生地、「ローデンクロス」を使ったコートである。現在このコートがつくられているのは、ほとんどオーストリアの工場。色は森林と同化するような「ローデングリーン」と呼ばれるグリーンが定番だが、ネイビーやグレーなども展開されている。

ハンティングをルーツにもつだけあって、とても暖かく動きやすいローデンコートは、ミラノあたりでは本当によく見かけるアウターで、いかにもお金持ちっぽい人から普通のおじいさん、そしてホームレスのおじさんに至るまで、幅広く愛されている。ハンチング帽とくたびれたスラックス、そしてぼってりした革靴とのコーディネートが鉄板だ。

ローデン・クロスを使いながらも、いわゆるステンカラーコートのデザインになった個性派。合わせている帽子も同じ生地で、かなりチロル色の強い着こなし。

そんな北イタリアの大定番ローデンコートは、古着屋さんで安く手に入ることもあって、若者たちが着こなしている姿もよく見かける。

彼らの着こなしはおじさん世代とは全く異なり、スニーカーやジーンズを合わせていたりするのだが、それはそれでいい味を出している。こういったコートをつくるメーカーも、近年ではファッションシーンの枠組みの中でモダナイズされた新作を発表していたりするのだが、やっぱりオリジナルの魅力には敵わない。北イタリアの冬の風情のひとつとして、絶対になくなってほしくない文化である。

イタリアのおじさんは
英国びいき

イタリアのおじさんたちの冬の装いを見ていると、ローデンコートとはまた違った、ハンティングやバイク由来のハーフ丈アウターを着ている人がとても多いことに気がつくだろう。それもバブアーのオイルドジャケット(最近はあまり見なくなったが)を筆頭に、ツイード製のゲームジャケット、ベルスタッフのバイカーコートなど、英国ものが実に多い。そう、なんだかんだ言って、ミラノからフィレンツェあたりのおじさんは英国びいき。ぼくたちがいかにも「イタリアっぽいな〜」という感じるコテコテでカラフルな人は、ナポリを中心とした南部に多く、そのイメージは、彼らが大挙して押し寄せるファッションウィークを通じて拡散していったのだと思われる。

バブアーかどうかはわからないが、いわゆるオイルドコットンのハンティングジャケット。
こちらはバブアーと並ぶイギリスの名門、ベルスタッフだろうか? バイクに乗る人が多いイタリアでは、こうした4つポケットのアウターが大人気で、スーツやジャケットに合わせている人も多い。
真っ赤なマフラーやポケットから覗かせたチーフが粋。ファッション業界人じゃないおじさんたちのこういうセンスが、とても参考になるのだ。
英国のツイードを使ったハンティングジャケットは、獲物を入れるための大きなポケットとやけにデカいフラップが格好よくて、編集人も思わずほしくなってしまった。はき込んでクリースの抜けたコーデュロイパンツとの相性が抜群だ。

そして最近のイタリアの若者たちは、ぼくたちと同じように、そうした〝いかにも〟な格好よりも、ここで紹介するおじさんやおじいさんのような、味わいのある着こなしを好むようだ。

着古したバブアーのジャケットにブラックジーンズを合わせつつ、きれいな色のニットポロを合わせた彼女なんて最高! しかもベルボトムだぜ!? 

おじさんたちが培ってきたクラシックなファッション文化にリスペクトを捧げつつも、自分なりの着こなし方で楽しむイタリアの若者たちを、ぼくは素直に格好いいと思うのだ。

イタリアのおじさんは
やっぱり素敵だ!

よく考えてみたら、ぼくたちのようなメディアがイタリアのおじさんたちのお洒落を紹介しはじめたもともとの理由とは、彼らが〝装う〟ということを、流行なんて関係なく、自分らしく楽しんでいるからだった。

でも取り上げる側が、彼らを典型的なスタイルにカテゴライズしたがったことで、いつしかそのイメージは、イタリアのファッションを窮屈な枠組みの中にしまいっぱなしにしてしまった。だから「ぼくのおじさん」は、そんな固定観念を解きほぐし、もう一度素直な心で、イタリアのおじさんたちのお洒落や、その文化を紹介してみたい。

ほら、彼らはこんなにも自由に、そして素敵に、ファッションと人生を謳歌しているよ、と。

「ぼくのおじさん」がこれからつくっていくイタリアの記事を、ぜひお楽しみください!

ベーシックな洋服を品よく着こなすミラノの紳士。カルピンチョと呼ばれるカピバラ製のグローブを選ぶとは、かなりの達人と見た。
薄手のダウンにダウンシャツを重ねた、見事なレイヤードおじさん。
いつの間にか雑誌などで取り上げられなくなってしまったが、こういうきれいな装いこそが、本来のクラシックイタリアン。まだ学ぶべきところがたくさんあると思うのだが。
イタリアは職人のおじさんたちが着ているワークウエアも格好いい。こちらはラペルの仕立てが不思議な一着。
数年前に撮影したミラノの傘メーカー、マリア・フランチェスコの社長さん。
こちらも数年前に、イタリア中部のペンネ村で撮影した紳士。まるで村の守り神のように、全身オレンジの装いに身を包み、毎日街角を見守っていた。
見るからに只者ではない3人組。どの国でもこういうおじさんたちは、たいてい蚤の市か古書店街にいる。
こちらも数年前の夏のミラノにて撮った写真。くたくたになった真っ白のコットンスーツが最高に格好いい。よく見るとパンツの裾はチノパンのようなタタキ仕上げで、足元には黒のローファーを合わせている。こういうスーツはなかなか売っていないぞ!
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