

今必要な服ってなんだろう?
「TOHNAI トーナイ」が探る
不完全の美、または
曖昧に生きるための服
撮影・文/山下英介
「ぼくのおじさん」の編集人がたまたま出会った、「TOHNAI(トーナイ)」というタグのついた1枚のシャツ。1980年代のモード写真を思い出させる寡黙にして優雅なそのドレープ感に、編集人は思わず一目ぼれ! そこで「ぼくのおじさん」はこのブランドのデザイナーである藤内裕司(とうないひろし)さんにインタビューを申し込んだ。こんな素敵なシャツをつくっているのは、いったいどんな人なんだろう?
長い下積みで培った
確固たる実力

藤内さんは1977年生まれ。「ぼくのおじさん」の編集人と同世代ですが、ファッションの原風景ってどんなものでしたか?
藤内 ぼくは大分県の片田舎で生まれ育ったのですが、高校時代は私服のいらない野球部にいたので(笑)、「SPUR」とか「STUDIO VOICE」のようなファッション雑誌を通してただひたすらに妄想を膨らませていました。
男子高校生にありがちな「BOON」や「FINE BOYS」とかじゃなくて、いきなりモードにハマったんですね。
藤内 当時は大分PARCOが心の拠り所でした(笑)。そしてこの憧れの世界に入るためにはどうすればいいんだろう? ということを調べて、文化服装学院に辿り着いたんです。大分市にもお店があった、山本耀司さんのところで働きたくて。
デザイナー志向だったんですか?
藤内 いや、当時目指していたのはパタンナーです。線を引くというアプローチが大好きだったので。ただ当時は就職氷河期で山本耀司さんの会社には受からず、系列の「ワイズフォーリビング」という会社に入れてもらい、小物やテキスタイルのアシスタントデザイナーをやっていました。
山本耀司さんのDNAを近くで感じられて、楽しかったんじゃないですか?
藤内 いや、実際はなかなかしんどいですよ(笑)! 一番好きな服がすぐ近くでつくられているのに、そこには行けないんですから。それで退社してコム・デ・ギャルソンをはじめとするブランドで、パタンナーのアルバイトを始めるのですが、それもやめてエイ・ネットでお世話になったんです。
ZUCCAで有名な会社ですね。
藤内 そうなんですが、当時はデザイナーの津村耕佑さんがファイナルホームというブランドを展開されていて、その仕事をお手伝いできたのがよかったですね。ただそこもアルバイトだったので、結局は退社してしまうんですが。
藤内さん、下積みが長いんですねえ!
藤内 そうですね。ワイズフォーリビングではテキスタイルデザインに関わって、コム・デ・ギャルソンではパターンを引いて、エイネットでは企画と物性管理を担当しました。だいたいアシスタントのアルバイトなんですが、気がついたらほぼなんでもできるようになっていたんですよ(笑)。そこで次こそは自分の仕事としてそれらをこなそうと思い、縁あってマーガレット・ハウエルで働くことになるんです。
マーガレット・ハウエルから
学んだこと

なんとマーガレット・ハウエルですか! ぼくも大・大・大好きなデザイナーですよ。
藤内 しばらくはメンズラインを担当したんですが、その後MHLラインの本格展開を任されるようになったことで、今までの経験やネットワークが生きてきました。出張でロンドンに行けたことも嬉しかったですね。
やっぱりマーガレット・ハウエルさんから受けた影響も大きいですか?
藤内 マーガレットさんは日本で展開するラインであってもすべてを2回チェックするタイプのデザイナーだったので、すごく密にコミュニケーションを取らせてもらっていましたね。仕事だけではなく、見ておくべきアートの情報も教えてもらいましたし、そもそも彼女の仕事机の上に置かれているものを見るだけでも、勉強になるんです(笑)。本当にいい経験をさせてもらいました。
藤内さんは当時から独立志向はあったんですか?
藤内 いや、もともと自分のブランドを立ち上げるなんて思ってもいなかったんですが、終わりのない仕事量と本来向いていない会社員生活で、自分のなかの糸がぷっつりと切れてしまったという感覚でしょうか。2013年頃からは退社してフリーランスで仕事を続けていたんですが、それもコロナ禍でリセットされて・・・。
「トーナイ」が考える
美しい服って?

そこで心機一転、ご自分のブランドを立ち上げたということですか?
藤内 実はコロナ禍も悪いことばかりじゃなくて、生活リズムが整ったことで、壊れていた自律神経が復調したんですよ(笑)! そこで今までの人生で出会った仲間たちとともにできる仕事をつくろうと思い立って、2022年に「トーナイ」をつくったんです。最初はコート1着からのスタートでした。





仲間たちというと?
藤内 かたちとしては外注ではあるんですが、パタンナーさん、縫製工場さん、加工所さんなど、関わってくれる皆さんすべての力がないと、「トーナイ」の洋服は完成しないんです。洋服づくりって、ステッチ幅から運針数までガチガチに決めたうえでパタンナーや工場に発注するやり方もあるんですが、ぼくは今までの経験で、デザイナーが完全にコントロールしないからこそ生まれる、規格外の面白さを知っている。ならばぼくが本当に信頼する人にパターンを引いてもらえば、どれだけ勢いが出るんだろう? そんな思いを、この「トーナイ」では全工程で実践しているんです。




ウールにシルクを混紡した、風合い豊かなギャバジン生地を使ったジャケット。製品洗いによる着込んだような質感や、体を包み込むようなゆったりしたシルエットが、着ていて実に心地よい。共生地でつくったドローストリング付きのトラウザースを合わせれば、スーツとしても着られる。こちらは「ぼくのおじさん」と「トーナイ」が共催するイベントで展開予定! ¥85,800※共生地のトラウザースは¥63,800 (税込)

ディレクターが箸の上げ下げまで指示するようなやり方だと、小さくまとまってしまうこともありますからね。クリエイターとしてその感覚はわかるなあ。
藤内 たとえばうちのテーラードジャケットは、ウィメンズの縫製工場をよく使うんです。ちょっと詳しい人なら何言ってんの?なんて話ですが、ぼくは手縫いされた古着のテーラードジャケットのような空気感を出したいので、あえてそうすることで、カジュアルとドレスの境界線を綱渡りするような服をつくっているんです。山下さんが見つけてくださったシルクのシャツも、ものすごく高い生機(きばた=生地)にあえて洗いをかけて、崩したもの。そうした〝曖昧さ〟を表現したくてつくったんですが、この生地、縫うのものすごく大変なんですよ(笑)。

生地がふわっと空気をはらんで、着たときのドレープ感が抜群でした! 襟のヘナッとした表情も最高なんだよなあ・・・。これは高級なドレスシャツでも、絶対に表現できない雰囲気ですよ。
藤内 シャツの襟の表情って、表地に芯地を組み合わせることでコントロールするんですが、うちの場合はそれをキッチリ安定させるんじゃなくて、「行きたい方向に行ってください!」(笑)みたいなつくり方をしています。これはマーガレットさんから学んだことでもありますが、ぼくはずっとその不完全さをずっと追い求めています。



こちらのシルクシャツは、高密度に織り上げた最高級のシルクを使い、染色前に洗いをかけることで、少しスエードにも似た絶妙な光沢と、落ち着いた表情を引き出したもの。ジャケットがわりに羽織っても、素肌の上に着てパンツにタックインしても、そのドレープ感は最高なのだ。
昔のヨーロッパの労働者たちが着ていた、死ぬほど着込んだシャツを彷彿させますよね。しかしこのニュアンスを、リアリティのある価格で表現していることにも驚かされます。
藤内 実は現代における既製服の生産システムでは、こうした曖昧で不完全な雰囲気は表現しにくいんですよ。それで〝自分で縫う〟という方向に進む方もいるんですが、やっぱりある程度多くの方にも届けたいじゃないですか。そう思ったときに、ぼくには丸縫い(ラインではなくひとりで最初から最後まで縫うこと)ができるレディースの縫製工場さんを教えてもらえるネットワークがある。それが強みかもしれませんね。
着心地は生死に直結する
藤内さんの服は、とことんこだわってはいるけれど、現代的な軽さがありますよね。
藤内 ぼくはねっとり絡みつくような服じゃなくて、もっと軽くてスカッと抜けるような服をつくりたいんですよ。でもその感覚って、ぼくが一度自律神経を壊した経験から生まれているのかもしれません。着心地って、冗談抜きで生死に直結するんです。
洋服の着心地が、人の生命を左右することもある・・・。それは深いですね。
藤内 「トーナイ」はアンダーグラウンドでいいので、単なる見た目や蘊蓄じゃなくて、そういう違いに気付けるような、感性豊かな人に着てもらいたいなって思いますね。
ブランドとしての「トーナイ」は、いわゆるデザイナーブランドに属するのかと思いますが、シーズンごとにコレクションテーマを掲げるような展開のしかたなんですか?
藤内 うーん、カラーリングや影響を受けた写真など、あるにはあるんですが・・・。でもやっぱり「トーナイ」は、ぼくの人生すべてを詰め込んだ、生き様の集大成のようなブランドなんです。そういう意味では、〝この半年間でぼくが思ったことはこれなんです〟という表現になっちゃいますね(笑)。

●「TOHNAI(トーナイ)」についての問い合わせ先/info@tohnai.jp
●九段下にある「ぼくのおじさん」のアトリエで、「トーナイ」のポップアップストアを開催決定! 詳しくはこちらのページをご覧ください。