2024.4.15.Mon
今日のおじさん語録
「白は清浄あらゆる色を彩る。黒は厳粛あらゆる色を深める。/月光荘おじさん(高橋兵蔵)」
『ぼくのおじさん』<br />
インタビュー
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連載/『ぼくのおじさん』 インタビュー

演出家・河毛俊作が
連雀町の名店で語る
「池波正太郎が
守りたかったもの」って
なんだろう?(前編)

撮影/高木陽春
文/山下英介

粋なお酒の飲み方や、人付き合いのマナー、そして時代を超越したお洒落の極意。その軽妙なエッセイを通して、没後なお親や先生からは教えてもらえない本物の教養をぼくたちに与えてくれる、作家界の〝ぼくのおじさん〟池波正太郎さん。その真骨頂ともいえる小説『仕掛人・藤枝梅安』が久しぶりに映像化されたという。しかも監督を務めるのは、編集人が日本で最も格好いい演出家だと思っている河毛俊作さんだ。試写会でPART1、PART2を立て続けに観た編集人は、すぐさま河毛さんにインタビューを依頼した。これは池波さんと河毛さんの美意識が融合した、すごい映画だ・・・! 池波さんが行きつけにした鳥すきやき鍋の名店「ぼたん」で昼酒を飲みながら、貴重なお話をたっぷりと伺ってきたので、前後編でお楽しみください!

淡路町「ぼたん」で
『仕掛人・藤枝梅安』を語ろう

河毛さん、このたびは映画『仕掛人・藤枝梅安』の公開、おめでとうございます! まずは乾杯しましょう(笑)。

河毛 いやあ、うまい。昼酒って一番幸せだよな(笑)。 

映画を早速拝見しましたが、こういう原作のアレンジがあるんだと驚きました。 

河毛 PART1、PART2ともに、ふたつの話を合わせているんだよね。

池波正太郎さんの原作では非常にクールで、ある意味では酷薄に描写されている梅安ですが、河毛さんの映画では人間としての内面に深く迫っていて、その行動が腑に落ちるというか。

河毛 原作は短編なので、読者に考えさせる上での余韻を大切にしていますよね。そういう意味では小説って、映像よりも簡略化されているともいえるし、丁寧ともいえるんです。ただとにかく小説としての完成度が高いので、それをいかに再解釈できるか、ということには気を遣いましたね。

池波さんの小説って、描写が簡潔なぶん、映画監督としては味付けしがいのあるテーマとも言えるんですか?

河毛 膨らましようがすごくあったし、池波プロの方も脚本を快く受け入れてくださった。それが嬉しかったです。

しかし本作は、藤枝梅安を演じる豊川悦司さんと、彦次郎を演じる片岡愛之助さんのキャラクターが素晴らしいですね!

河毛 とにかく梅安を演じる男って、大男じゃないとダメなんですよ。決してハンサムではなくて、ある意味では容貌魁偉なのに、なぜか女にはモテる。なんというか、血の底から這い上がってくるような、デモーニッシュ(悪魔的)な色気があるんですよね。それを出せるのは豊川さんしかいないだろうな、とは思っていました。

ある種ファンタジックな存在の梅安に対して、彦次郎さんは本当に江戸時代を生きている市井の人のようでしたね!

河毛 あれはやっぱり歌舞伎の力ですよね。片岡さんの持っている天性の明るさがあるから、豊川さんも徹底的にダークにやれるわけで。

池波時代劇の食と
お洒落をいかに再現するか?

食にまつわるエッセイで名高い、池波正太郎。その時代小説には、美味しそうな江戸料理がたくさん描写され、ぼくたちの想像をかきたててくれる。これも今回の作品の見どころのひとつだ。
©「仕掛人・藤枝梅安」時代劇パートナーズ42社  
池波正太郎作品といえば、やっぱり食の描写は欠かせませんが、『2』では梅安がハゼに吸いついているシーンがとても印象的でした。ハゼって天ぷらくらいでしか食べたことがないので、江戸時代の人はこんな食べ方をしていたんだって。

河毛 あのシーンは絶対に入れたかったんです。原作どおり、舌鳴らしてチュウチュウ吸わせてね(笑)。ハゼって美味いですよね。ぼくらが子供の頃は、お正月のおせち料理に必ずハゼの甘露煮が入っていて、楽しみにしていました。最近では高級な天ぷら屋さんくらいでしか見なくなっちゃいましたけど。料理に関しては、日本料理店「分とく山」の野崎洋光さんに監修してもらって、ぼくの希望を具現化して頂きました。

今回の映画はビジュアルがとても格好いいので、江戸時代に対する幻想を掻き立てられますね。特に夜の街の暗さが最高です。

河毛 そう、暗いんですよ。江戸の街は。

以前立木義浩さんにインタビューさせてもらったときに伺った、葛飾応為の浮世絵『吉原格子先之図』を彷彿させました。デジタルでしか表現しえない江戸の陰影ってこういうことだったのかって。

河毛 VFXの尾上克郎さんが素晴らしい仕事をしてくれました。浮世絵はたくさん見ましたが、そうした中でこだわったのは〝水〟ですね。ほかの時代劇ではあまり見られないけれど、昔の江戸ってベニスみたいな水の街だったんです。

現代の東京からは全く想像もつきませんが、本来の東京は川だらけの街だったんですよね。

河毛 今やそういう撮影ができるロケ地もなくなりましたが。

洋服好きとしては梅安の着物にもつい目が行っちゃいますが、羽織姿がまるでロングコートのような雰囲気で、本当に格好よかったです! 河毛さんが今日着ていらしたTHE CLASIKのコートにもちょっと似ていましたが。

河毛 寒かったこともあるだろうけど、江戸時代の着物のレイヤードって格好いいんだよね。今回は〝いわゆる〟時代劇の着物の着方とはちょっと変えたかったので、衣装の宮本まさ江さんとはかなり綿密に打ち合わせました。原作によると梅安の着物は「黄八丈」(八丈島の伝統的な織物)なんだけど、普通の黄八じゃなくて、ああいったギンガムチェックみたいな黄八にしちゃうセンスが、まさ江さんの真骨頂なんですよね。

武士、町人、商人といった、階級ごとに全く異なる着物の着こなしを見るのも楽しい。これがスーツの生地を選ぶときにも、意外と参考になるんだ。藤枝梅安が着ている「黄八丈」は、八丈島に自生する植物で染めた絹織物で、江戸時代後期に爆発的な人気を誇ったという。
©「仕掛人・藤枝梅安」時代劇パートナーズ42社
映画はまさに総合芸術ですから、気を配るところがたくさんあるんですね。

河毛 本当に、ちょっとしたところが難しいんだよね。つまんない話なんだけど、江戸時代ってこたつの天板がないんですよ。布団をかけているだけだから、食べ物を乗せるのがすごく難しい。

それは知りませんでした!

河毛 だから食べ物は脇に置くか、お盆を使うかしかない。そうなると今みたいに鍋なんてできないし、蕎麦も食べられないんだよね。

作品自体の内容もさることながら、池波ファンはそういうディテールにこだわりそうだから、プレッシャーも大きいでしょうね。

河毛 それはつくった者の宿命だから、御批判は甘んじて受けますよ。

1960〜70年代における
池波正太郎の存在って?

今回の作品はお世辞抜きに素晴らしいですから、ぜひともシリーズ化を希望します! ・・・で、そもそもの話ですが、河毛さんご自身は池波正太郎ファンだったんですか? 

河毛 ええ、大好きです。あなたと同じように、若い頃に小説のほか、エッセイをたくさん読んで、食べ物とか旅館の楽しみ方みたいなカルチャーをたくさん教わりましたよ。

河毛さんは池波さんが活躍していた時代をリアルタイムでご存知なんですよね? 1960〜70年代においては、若い人に人気だったんですか?

河毛 それはどうだろう。世の中がどんどん先に急いでいたあの時代において、池波さんが紹介していた種類の文化は、ある意味では過去の遺物と片付けられてもおかしくなかったんです。それを池波さんは古臭いままに終わらせるのではなくて、筆の力でアップデートして、守り続けた。そこがすごいんですよね。食べ物のことでいえば、生前の池波さんをよく知る方が仰ることには、彼は決して今でいうところのグルメではなく、戦前の日本人が培ってきた食文化をこよなく愛して、それを残し続けたいという思いが強かっただけなんだ、と。そして池波さんに影響を受けたぼくも、あの時代の庶民の暮らしや文化は格好いいんだ、と思い続けています。

1950年代生まれの河毛さんの周りには、そういう文化を知る語り部たちがたくさんいたんですよね?

河毛 そうですね。1970年代って、古いものは恥ずかしいっていう時代だったんです。だから戦前の文化を知る人が当時のことを話すとき、みんなちょっと恥ずかしそうでした。でも、ぼくはその感じがすごく好きだった。中華料理屋でシュウマイライスを食うのが楽しみだったとか、下宿のメシがサバの味噌煮ばかりで参ったとか(笑)。そうやってぼくが聞き集めた断片的なエピソードを、池波さんのエッセイは体系化してくれた。そんなところがありましたね。

今日ご一緒している鳥すき焼きの「ぼたん」も、池波さん御用達の料理屋ですよね。河毛さんも行きつけだそうですが、やはり池波さんの影響で?
池波正太郎のエッセイ、『食卓の情景』(新潮文庫)などに登場する「ぼたん」。〝株屋にいたころ、僚友井上留吉とわたしは、神田や上野の寄席へ行く前に、よく、この〔ぼたん〕へきて鳥鍋を食べたものだ〟とのこと。今も戦前と全く変わらぬ味とスタイルで、大人たちに愛される名店だ。11時半の開店から21時の閉店まで通しでやっているところも粋! 

河毛 いや、それは微妙なところだな。ぼくは小石川のほうで育ったから、学校の同級生に下町の人が多かったんですよ。だからそんな彼らと一緒に行くのが、「ぼたん」のようなお店だったりするわけ。

なるほど、羨ましいです。この淡路町界隈はあんこう鍋の「いせ源」とか、そばの「まつや」、甘味の「竹むら」など、昔ながらのお店がたくさん残っていますが、河毛さんから見ても昔の雰囲気が残っているエリアということになるんですか?

河毛 そうだね、ある程度。でも昔の雰囲気をどう捉えるかという問題もあるよね。いわゆる谷根千(谷中・根津・千駄木)は古い街並みが残っているようで、なんだか肝心なものが失われちまったような気がするし。その一方で、特になんということもない町の忘れ去られたような商店街に昔の雰囲気を感じたりもする。最近は古民家をリノベーションしてカフェやブティックにするような流れもあって、それはそれでいいんだけど、形が残っているだけでいいのか?という思いもある。まあなんとも言えないね。

東京で一番長く通っているお店って、どこなんですか?

河毛 今残っているところでいうと、「はち巻き岡田」と「キャンティ」かな。あとは「煉瓦亭」と並木の「藪蕎麦」。どこもだいたい50年は通っている。残念ながら消えていったお店のほうが多くなってしまった・・・。

半世紀ですか。キャリアが全く違いますね(笑)。でもなかなか東京はお店を残すのが難しいですよね。河毛さんは東京生まれなだけに、寂しさもひとしおでしょう。

河毛 日本には本当に素晴らしい古いものがたくさんあったけど、再開発や維持ができないという理由で、全部ぶち壊してしまった。それは今さら言っても詮ないことだけれど、切ないよね。単純にいえば、ひとつの文化を消していっている。多分もう手遅れなんじゃないかな。だって今や1970年代や80年代の東京をドラマ化しようと思っても、不可能なんだよ。もう街がない。

リドリー・スコットの『ハウス・オブ・グッチ』みたいな作品は、日本ではつくれないわけですね。

河毛 ベースが絶対に変わらないヨーロッパならではだよね。東京は経済最優先で、再開発の勢いが強まるばかり・・・。風情のある建物や路地が消えてゆくのを見ていると、これでいいのか?と思ってしまう。

後編に続く!

仕掛人・藤枝梅安

池波正太郎の生誕100周年を機に、『鬼平犯科帳』や『剣客商売』と並び語られる傑作短編小説シリーズが久しぶりの映像化。河毛俊作監督のもとに、豊川悦司や片岡愛之助、佐藤浩市、天海祐希といった豪華キャストが結集している。2部作による構成で、PART1は現在公開中、PAR2は4月7日から公開予定。ぜひ2作続けて観てほしい。

©「仕掛人・藤枝梅安」時代劇パートナーズ42社

鳥すきやきぼたん

明治30年に創業した、日本でも珍しい鳥すき焼きの専門店。備長炭を使い鉄鍋で炊きあげる鳥すきは、世界中誰でも顔がほころぶうまさだ。店舗は昭和初期に建てられて戦災を免れた、入母家造りの歴史的建造物。界隈の風情も相まって、決して忘れられない食体験になるはずだ。

電話/03-3255-0577

営業時間/11:30〜21:00

定休日/日曜日

河毛俊作

1952年生まれの演出家。慶應義塾大学卒業後、1976年にフジテレビに入社し、30年以上にわたって、同局の人気ドラマ作品を多数演出する。代表作はたくさんありすぎてこの欄では書ききれない! 近年では社会派作品や時代劇を数多く手掛けており、『仕掛人・藤枝梅安』の2部作はその集大成といえる。

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