2026.7.17.Fri
今日のおじさん語録
「要するに、その土地で食うものを食え。/獅子文六」
お洒落考現学
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連載/お洒落考現学

「そろそろつながっても
いいんじゃない?」
スタイリスト島津さんと
熊本出身クリエイターの
〝日本一お洒落な街〟
再生計画!

撮影・文/山下英介

どういうわけか、ファッションや料理に代表されるクリエイティブな業界には、昔から熊本出身者がやけに多い。そしてやたらと強いこだわりぶりで、みんなから一目置かれているんだ・・・。この夏、そんな〝東京の熊本県人〟たちが集合するイベントが開催されるとの報せを聞きつけた「ぼくのおじさん」は、彼らのミーティングに同席させてもらった! さて、どんなことが起こるんだろう?

スタイリスト島津さんは
80年代ファッションの
キーパーソンだった

今日のミーティングのメンバーは、日本を代表するスタイリストの島津由行さん(左)、vaseというセレクトショップを20年にわたって運営する平井名王企さん(右奥)、「NEJI」というひとりクリエイティブチームを運営する鶴田啓さん(右手前)。いずれも熊本県人らしい一筋縄ではいかないクリエイターだ!
島津さんってロンドンファッションのイメージが強いですが、80年代はパリが拠点だったんですよね?

島津 いや、ロンドンにも毎週のように行ってたけど、日本と同じ島国だから、ベースにしちゃうと旅行しにくいでしょ? パリに住んでいればヨーロッパは陸続きだから、スペインにもギリシャにも行きやすいじゃないですか。それでパリを拠点にしたの。そんなときにイッセイ(ミヤケ)さんのパリコレのお手伝いが始まってさ。裏方仕事なんだけど、それがスタイリストになるきっかけだったのかな。ロンドンだったらバイヤーとかデザイナーになってたかもね。

1959年に熊本市で生まれた島津さんは、1981年からパリで暮らし、音楽とファッションが最も蜜月だった時代に、ヨーロッパとロンドンを股にかけて活躍していた。その事務所にはセディショナリーズ(マルコム・マクラーレンとヴィヴィアン・ウエストウッドが共同運営していたショップ)のブーツが無造作に置かれていたりして、そのすごさが垣間見える。
あのデザイナーのスコット・クローラともお付き合いがあったとか?

島津 そうですね。当時ロンドンに住んでいた立野浩二(たつのこうじ)さんや古賀譲(こがゆずる)さんといったデザイナーと仲がよくて、しょっちゅう泊めてもらっていたんですが、彼らに紹介してもらったのかな。そんなコミュニティの中に有田正博さんもいたことで、熊本にあった有田さんのお店が日本で初めてクローラを買い付けることになったんです。クローラはその後、ヴィヴィアン・タムのアートディレクションをやるんですよね。たぶん公私におけるパートナーだったと思うんです。

クローラや立野さん、古賀さんといった方々のお話は、重松理さんのインタビューにも登場しました!

インタビューはこちら

島津 そうなんですか。古賀さんは九州の久留米出身だったから、最初は久留米絣の展示会をパリでやってたんですよ。いわゆるモンペファッションだったんですが、フランスの『ELLE』誌に載るくらい売れていましたよ。その後彼らはクローラに触発されたブランドを始めて、それがカルチャーショックに繋がるという。彼らは小さなアトリエで縫製まで自分たちでやっていて、本当にがんばってたなあ。

島津さんは当時、どういった立場で彼らに関わっていたんですか?

島津 スタイリスト以外にも色々やってたね(笑)。ウプラというフランスのブランドでは、本国と日本のバイヤーたちとの間に立つような仕事をしていましたし、その後はロンドンのキャサリン・ハムネットとの仕事でしょっちゅうイタリアのコモに通っていました。あそこは初期はイタリア生産で、シルクが得意だったからね。あとはかつて勤めていたドゥファミリーの買い付けを手伝ったり、蚤の市で古着の買い付けをやったり、『anan』みたいな雑誌がフランスに来るときはロケのコーディネーターをやったり・・・。そんなこともあって、ロンドンには毎月通っていたんですよ。

東京・中目黒にあるセレクトショップ「vase」を運営する平井名王企(なおき)さんは1974年熊本県山鹿市生まれ。熊本や福岡のショップ勤務を経て、上京。2007年に「vase」をオープンした。
そのあたりを伺うだけで、記事が1本つくれちゃいますね!

島津 そっちのほうがよかった(笑)?

鶴田 いや、今回はぼくたちの出身地である熊本をテーマにした座談会でして(笑)。

〝つるまない〟熊本人たちが
合同イベントを開催する!

企画室「NEJI」の主宰として、自身のブランドの運営からブランドのディレクション、小説執筆まで手がける鶴田啓(さとし)さんは、1978年熊本県八代市生まれ。今回のイベントの発起人だ。
そう、鶴田さんを発起人として、熊本出身のファッション業界人の皆さんで、イベントを開催されるんですよね?

鶴田 そうなんです。ぼくは1978年生まれで、1980年代に〝ファッション王国〟と呼ばれていた熊本の残り香を嗅ぎながら青春を過ごしたんですが、ちょうどこの時代って有田正博さんがお店をやっていなかったんですよ。当時はスタイリストの馬場圭介さんはTV番組の『ASAYAN』で審査員をやってたし、雑誌を開けば島津さんが出ているし、ぼくが大好きなファッションの世界では熊本出身のすごい先輩たちが活躍しているんだなあ、とは思ってはいましたが。ただ当時のぼくは中~高校生だったので、雲の上の存在という感じでしたね。

島津 有田さんが釣りばっかりやってた頃だよね。

鶴田 それからぼくは96年には上京して、のちに「ビームス」に勤めることになるんですが、まわりの業界人が口々に「熊本っていったら有田さんでしょ?」なんて言うんです。なので、もしかしたら自分は熊本のことを全然知らないまま東京に出てきてしまったんじゃないか、という欠落感をずっと抱えていたというか。それが4~5年前に初めて有田さんとお会いして、2024年に引退記念パーティをお手伝いしたことを契機に、そのブランクを埋めるかのような活動をしていまして。なので我々が集まって、改めて「やっぱ熊本ってクールだよな」って思われるようなイベントを開催したいな、と思っているんです。

島津 有田さん、じつは全然引退してないじゃない。

えっ、そうなんですか?

島津 最近は郊外にある自宅の敷地内に離れをつくって、しょっちゅうポップアップストアをされているんですよ。ちょっと前に一緒にごはん食べたら「いや〜、こないだものすごい売れたんだよ」って(笑)。やっぱ熊本のみんなは、有田さんの存在に飢えてるみたいよ。

鶴田 熊本人って新しいモノ好きなのに頑固という二面性があるというか、要するにみんな変人なんですよね(笑)。島津さんにしたって、どんなに大御所になってもアシスタント任せにしないで、いまだに歩き回ってご自身で下調べからピックアップまでされているじゃないですか。

島津 今はアシスタントもいないけど、ぼくはクルマも使わないで基本徒歩だから、スタイリスト業界でいちばん歩いているらしいよ(笑)。

鶴田 ただ、熊本人って基本的には一匹狼というか、あまりつるまないんですよね。

島津 確かに県人会みたいなことはやったことないなあ。

鶴田 でも今だったらみんなで集まって一緒に何かできるんじゃないかな?という思いで、このイベントを企画しました。とりあえず身近にいる熊本出身のファッション関係者の方々にお声がけしているんですが、将来的にはアートとか音楽とかに携わっている方々にも参加してもらって、熊本でイベントができたらいいなって。

平井 今回は渋谷にある熊本居酒屋の「新市街」もケータリングで参加してくれます。

島津 ああ、藤川くんのお店ね。馬刺しにナチュラルワインで、締めに太平燕(タイピーエン)という。彼は最近蕎麦屋も始めたんだけど、わざわざ修行して自分で打ってるらしい。

鶴田 この間初めてお会いしたのですが、確かにかなり気合の入ったキャラクターでした(笑)。みんなの予想をいい意味で裏切る「NEO熊本料理」みたいなものを見せたいと意気込んでおられましたよ。

島津 あそこの社長は最近じゃ熊本にもいろんなお店を出してて、すごいんだよ。上通りをちょっと入ったところにある、重要文化財の家屋を使った「Terrace」っていうレストランも経営しているんだけど。

わかります! ものすごくお洒落なお店ですよね。

島津 でもさ、熊本人って俺とか馬場ちゃんといっしょでライバル心が強いから「打ち合わんよ」ってなっちゃわない?

鶴田 ぼくはこのイベントに参加してくれるデザイナーの草野健一さんとは「ビームス」で一緒だったのですが、20年くらい社内でほぼ喋ったことなかったです(笑)。

平井 本当に集まったらどうなるか、ちょっと心配です(笑)。

熊本はいかにして
〝ファッション王国〟と
呼ばれたのか?

島津 でも実際、アパレルにはやっぱり熊本出身者は多いよね。有田さんを筆頭にして、ぼくとか馬場ちゃんみたいに顔出してやってる人以外にも。昔の熊本の若者は「わさもん」っていうか派手な響きの職業が好きなんで、そういう連中は大阪とか名古屋にいかずに、ほとんど東京に行くんですよ(笑)。「ファッションだったらいけるかな〜」みたいな若者が多かったのかもしれないね。

鶴田 長崎や福岡の人にも感じますが、確かにそうですね。港が開けてるから、歴史的に見ても外国の文化が好きなのかもしれません。

やっぱり有田さんの影響は強かったんですか?

島津 もともと熊本は「ビギ」に代表される女性ファッションも早かったし、強かったんですよ。そこにアイビーだった有田さんの影響で、プレッピーっぽい人も増えていきました。「アトリエサクマ」みたいな高級品のお店もあったし、熊本である程度ベースをつくってから上京するみたいな流れもあったのかな。

鶴田 ぼくたちの世代にとっての熊本って、完全にロンドンファッションの街だったんですが、それは明らかに有田さん、島津さん、馬場さんの影響にあると思います。

島津 熊本の人は、アメリカよりロンドン好きだよね。

鶴田 ビームスのロンドンオフィスの立ち上げメンバーだったテリー・エリスさんが住んでいたアパートに、馬場さんが引っ越してきたんですよね?

島津 そう。俺も泊まりに行ってた。馬場ちゃんは熊本でお店をやってて、ロンドンで買い付けた商品をそこに送ってたの。俺も工場とか全部連れていってもらったけど、かなりマニアックなものばかり買ってたよ。馬場ちゃんのお店の元オーナーだった加古くんと一緒に、蚤の市にもよく行ってた。加古くん、俺に「40年代の戦車買いませんか?」って。カッコいいかもしれないけど、そんなの持って帰れないよ(笑)。

鶴田 当時のエリスさんといえば、ブラウンズのバイヤーをやって、ポール・ウェラーのスタイリングをやって、アントワープ・シックスのメンバーと遊び仲間で・・・という最先端のファッション業界人だったわけですよね。なのでそんな彼の最新情報が東京を経由せずに、馬場さんというひとりの人間を媒介として熊本に直送されてくるというのは、圧倒的なアドバンテージだったんじゃないかな、と。

当時のファッション業界人はこぞって熊本でリサーチしていたらしいですもんね。

島津 まあそれもあるけど、熊本女子の魅力にやられてしまうんですよ(笑)。

・・・これは質問しようか悩んでいたんですが、夜の街が大変魅力的だったという噂は耳にしております!

島津 熊本はゴルフ場が街から近いから、ゴルフやって、馬刺し食べて、夜遊びして、という流れが最高だったんでしょうね。ぼくは実家が繁華街のすぐ近くで、飲食店でアルバイトもしていたから、中学生くらいの頃から夜の街で働く方々には大変お世話になっていました。出前を持っていくとお姉さん方にもみくちゃにされて「あんた可愛いかね〜、筆おろしするときはいつでも言いなっせ」って(笑)。

鶴田 『ニューシネマパラダイス』みたいないい話ですね(笑)。

島津 あの頃の熊本は人情味たっぷりだったよ。謎の半グレヤクザの空手家にはいつもうどん食わせてもらってたし。熊本はヤクザの影響も強かったな(笑)。

永遠のライバル
福岡と熊本の違いって?

ファッション王国熊本の誕生に、夜の街が深く関わっていたと。これは新説ですね(笑)。しかし九州といえば福岡県もお洒落な人の多い街と言われていますが、熊本とはちょっと県民性が違うんですかね?

島津 福岡はもはやプチ東京だから(笑)。商売もうまいしね。

そこにはちょっと深くて長い川が流れているんですね(笑)。

島津 でも、来日アーティストは福岡までしか来ないから、音楽シーンは福岡なんだよ。エリック・クラプトンもKISSもジェフ・ベックも福岡に行かないと見られなかった。輸入レコード屋も熊本には全然なかったから、当時はなかなか買えなかったもんね。俺はバンドもやってたけど、福岡の中央センターっていうところまで行ってライブもやったよ。ステージが流れるプールの真ん中で、お客さんはみんな水着なんだ(笑)。メインは鮎川誠さんの「サンハウス」だったよ。

ああ、福岡には〝めんたいロック〟のムーブメントもありましたよね。

島津 あとは天神のライブハウス「照和」ね。あそこは厳しくて入れないこともあったけど。ドゥーワップ時代の「チェッカーズ」も知ってるよ。

鶴田 ただ洋服に関しては、間違いなく熊本のほうが全然進んでいたと思います。中学生の頃、なんとなく大都会なイメージのある福岡まで買い物に行ったりもしたんですが、当時のぼくの行動半径では欲しいモノはなかったですから。唯一、「Dice&Dice」というロンドンカルチャーの発信源として有名なショップもあったんですが、そこの店主だってもともと有田さんのところで働いていたんですよ。なのであくまでぼくのなかでは、ファッションに関しては福岡より熊本のほうが偉いんです(笑)。

言い切りますね〜(笑)。

鶴田 東のファッションは重松理さんからの枝分かれ、西というか九州のファッションは有田正博さんからの枝分かれ、というのがぼくの結論です(笑)。

平井 九州は完全に有田イズムです(笑)!

ファッションは
〝人と違う〟から面白い!

ちなみに熊本のファッションシーンが栄えた背景に、タウン誌みたいなローカルメディアの影響もあったんですか?

鶴田 島津さんの時代はわかりませんが、ぼくが16歳のころ(1994年)に『タウン情報クマモト』、略して『タンクマ』(2020年休刊)という雑誌が新市街の洋服屋さんを完全に網羅したマップを添えたファッション特集号を出したんです。当時のぼくも含めて、ファッションに興味がある同級生たちは、掲載店をしらみつぶしに探したし、バイブルでしたね。その号には馬場さんや島津さんのインタビューも載っていたはずです。

平井 『タンクマ』は熟読しましたね〜。

島津 熊本だけの話じゃないけど、ローカリゼーションという意味ではSNSがない時代が一番面白かったんじゃないかなあ。今は新しいものが生まれてもすぐに世界に広まって商社に目を付けられちゃうでしょ? まあ、それが悪いとは思わないけど、あの頃はとにかく探したから。で、口コミで広がっていく。

やっぱり口コミが中心だったんですね。

島津 やっぱり、一番の功績は有田さんだと思うんだよね。本人がとにかくお洒落が好きじゃない? 絵描きだった親父さんの影響も強いらしいんだけど、有田さんのお洒落って、色づかいがほかとは全然違うんだ。黒もカラーパレットのひとつ、という考え方なんだよね。

鶴田 40〜50年代のヴィンテージシューズの隣にCLASSとかのデザインコンシャスなブランドが普通に並んでいるコントラストみたいなものは、ぼくの血にも染み込んでいるような気がします。

島津 去年の展覧会(2026年1月まで不知火美術館で開催された『有田正博の眼』展)を見ればわかると思うけど、ブランドは関係なくて、全てはスタイリングなんだよね。

鶴田 はい、ぼくもそう思いましたし、有田さんの「全部一緒でいいんだ」というフラットな感覚は、ぼくがお世話になったテリー・エリスさんにも通じるんですよね。おかげさまで、ビスポークも着るけどドクターマーチンも履く、みたいな大人に育ちました。

ぼくは仕事柄、ちょくちょく地方都市のセレクトショップさんの買付け現場に出くわすこともあるんですが、ちょっと前までは〝雑誌に掲載されるモノないですか?〟みたいなバイヤーさんもけっこう多かったんですよ。今だとそれはSNSやインフルエンサー個人に置き換わってると思いますが、そういう感覚って、熊本には・・・。

島津 そういうのは聞かないし、絶対にやらない。イメージがついちゃうから。

鶴田 熊本の場合、そういうことはやらないタイプのお店にお客さんがついてるイメージがありました。

平井 ぼくも「これが一番売れてます」と言われると、逆に買いたくなくなるタイプですね。そういえば昔ぼくが熊本のショップで働いていた頃、ビルの2階に突然軍モノのお店がオープンしたんです。そこはもともと有田さんがオーナーのビルだったんですけど、すでに手放して隠居されていた頃だったので、どうしたのかな、と思って。それでよくよく話を聞いてみたら、静岡にある軍モノ屋さんに行くという友達に運転手役でついて行ったら、自分が興奮しちゃって、後先考えずに何百万円も買っちゃったらしいんですよ。

島津 有田さん、軍モノ好きだからね〜。フランス軍とか?

平井 もう全部です。それで「買っちゃったけどこれどうしよう?」ということで、それらをさばくために再びお店を始めたという(笑)。有田さんがすごいのは、それらを半年で売り切ったらすぐに閉めて、今度は向かいに「パーマネント」という全く違うお店を出店したんです。それが「パーマネントモダン」の始まり。ぼくにとっては神のような人ですよ。

鶴田 マーケティング的な狙いとかは全くなくて、ノリというか直感なんですよね(笑)。

島津 頑固だけどね。でも70年代なんて、人と同じ格好していること自体がダサいっていう時代だったから。

ファッションから生まれる
新しい熊本コミュニティ

ファッション文化って、何を着るかも大切ですけど、それを着ていく場所があるかどうかもポイントですよね。今や土曜日の夜8時でも閑散としている地方都市も多いいっぽうで、熊本の夜はいまだに賑やかですよね? それはアドバンテージとしては大きいのかなあ。

平井 週末なんてやたらと人いますよね。

島津 昔からディスコもあったけど基本は下通り商店街で、昔のお洒落好きな熊本人は、みんなここでひとりファッションショーをやってたのよ(笑)。そこで出会った人とつるんでお茶を飲んだり、ビリヤードに行くんだよね。

平井 下通りがランウェイ会場(笑)。

今の熊本にもそういう独特のローカリズムってあるんでしょうか?

平井 まさに「珈琲アロー」なんて、その最たるものじゃないですか!

島津 昔は蔵がいっぱい建ってた住宅街のあたりは、今は小洒落た雰囲気のお店が多くて、なかなかいいよね。ファッションでいうと、古着屋さんが調子いいみたい。昔みたいに下通りと上通りに集中しているというよりも、市内全体に点在しているという感覚ではあるけど、まだ熊本にはローカルはあると思うな。ただ、シャワー通りは残念ながらもう死んでるけどね〜。

鶴田 そもそも今は、ファッションというカルチャーそのものがニッチな存在になっていますからね。そういう意味で、もっと繋がっていければいいな、と思って企画したのが今回のイベントなんですよ。若い子たちに、有田さんや島津さんをはじめ、熊本にはすごい先輩がたくさんいることも知ってもらいたいし、先輩方のようにもっとワガママに生きていいんだ、ということも伝えたい。そして何らかの形で地元に恩返ししたいと思う人が増えたら最高ですよね。

平井 ぼくは鶴田くんからこの話をもらったときに、心のどこかで「待ってました!」と思ったんですよ。みんなもそう感じてくれるんじゃないかなって。

鶴田 基本的に熊本人はシャイなので、人にお願いしたり頼ったりするのが苦手なんですよね。なので誰かが声をかけないと始まらない。

島津 本当にそうだね。

ぼくは埼玉県人ではあるものの、できることなら住みたいくらい熊本が好きなんですが、やっぱり皆さんにもそういう思いはあるんですか?

島津 まだ仕事してるから、さすがに熊本に帰るなら隠居するときだろうね。そのときは有田さんに「お隣いいですか?」って聞くと思う(笑)。最近じゃ仕事しながら鎌倉とか小田原あたりに住んでみようかな?と思ったりすることもあるんだけど、友達には絶対言われるんですよ。「島津さん、あなた根っからの町っ子なんですから無理ですよ」って(笑)。

平井 最初はこのイベント、熊本でやりたかったんですよね?

鶴田 そうなんですよ。ただ皆さんのスケジュールや集客を考えると、さすがに一発目から熊本はハードルが高いなって。なのでこのイベントが認知された暁には、いつか必ず熊本で開催したいですね。

平井 有田さんや馬場さんにももちろんお声をかけていますが、きっと来てくれると思いますよ。

島津 ぼくは仕事の都合で本格的に出店するのは難しそうなんだけど、顔は出しますよ。次は「アベックラーメン」を一杯200円で出したいな(笑)。

鶴田・平井 めちゃくちゃ出ると思います(笑)!

熊本の「衣」と「食」の
クリエイターが集う
「モン・クマモト」開催!

熊本ファッションシーンの最重要人物である有田正博さんと島津由行さんを筆頭に、東京で大活躍している熊本出身クリエイターが集う、初めてのイベント「モン・クマモト」。ファッションのみならず、熊本の新しい食文化を発信する「株式会社ユームス」の藤川宜嗣さんもケータリングで参加。詳細は企画者である鶴田さんのInstagramをチェックして。

●開催期間:
7月25日(土)12:00~19:00
7月26日(日)12:00~18:00


●会場:「SPACE R」東京都渋谷区恵比寿西1丁目35−3


●出店クリエイター:

・鶴田啓(NEJI主宰)

・山下裕文(MOJITOデザイナー)

・草野健一(KENNETH FIELDデザイナー)

・平井名王企(Vase代表)

・高萩貴恵(Droomtuin vintageオーナー)

・岡本早悠里(LATTESTスタッフ)

・藤川宜嗣(株式会社ユームス)


●特別ゲスト:

・有田正博(Permanent Modernオーナー)

・島津由行(スタイリスト)

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