2026.9.12.Sat
今日のおじさん語録
「高いところへは、他人によって運ばれてはならない。/ニーチェ」
お洒落考現学
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連載/お洒落考現学

吉田十紀人さんが
ものづくりのプロと
本音で語る!
「最近の洋服って、
いくらなんでも高くない!?」

撮影・文/山下英介

記事を通じてたくさんの上質な洋服や工芸品の魅力を伝え、ときには販売もしている「ぼくのおじさん」だけど、そこで避けて通れないのが価格の問題。いろんな理由はあるにせよ、ぼくたち買う側からすると、はっきり言って最近の洋服って高すぎない!? デザイナーという立場でありながらも、そんな傾向に疑問を抱いた吉田十紀人さんは、信頼するものづくりのプロたちを招いて座談会を開催してくれた。

最近の洋服って
どうして高いの?

デザイナーの吉田十紀人さんと、そのデザインにリスペクトを捧げ、ときには協力をしあうものづくりのプロたちが集結! それぞれの立場から、MADE IN JAPANの現状と将来について語ってもらった。

吉田十紀人 今回こういう座談会を設けさせてもらったのは、自分自身がつくるプロダクトも含めて、最近の洋服の価格高騰がいよいよ大変なことになってきたな、という危機感からなんです。このままではメイド・イン・ジャパンのよさを引き出せるようなものづくりが不可能になってしまうのではないか、と。そこで一回生産の現場で活躍する皆様のリアルなお話を伺いたいと思い、無理をいってお集まりいただいた、という訳です。

今回吉田さんのアレンジでお集まり頂いたのは、日本を代表する縫製工場のサンヨーソーイングで社長を務める、ものづくりのプロフェッショナルである永野孝志さん。そしてHOSUというブランドのデザイナーであると同時に、アパレルブランドと生産工場の間に入って各種のアレンジを執り行う鈴木智博さんという、ファッションの裏側を知り尽くしたお二方です。どこまで掲載できるかちょっと不安なんですが(笑)。

永野孝志 当社は三陽商会の子会社なのですが、2019年に「SANYO SEWING by TOKITO」というラインで、青森ファクトリーが吉田十紀人さんとコラボレートさせていただきました。工場ブランディングの先駆けというか、吉田さんにファクトリーのもつ力を引き出してもらいたいという目的だったのですが。

吉田 ただ、当時もその価格についてはかなり驚きましたよ。確かトレンチコートの価格が税抜で18万円くらいだったのかな。自社工場なのになんで?って。私が2000年代にTOKITOでつくっていたアウターって10万円前後でしたから。あの仕事では本当にいろいろありました・・・。

2019年に発表された「SANYO SEWING by TOKITO」のトレンチコート。

鈴木智博 ぼくは長年、吉田さんの服を縫ってくれる工場を探す、という役割を果たして来た人間なんですが、昔からTOKITOの服は工場泣かせで有名でしたから(笑)。

永野 私はあのプロジェクトには残念ながら関われなかったのですが、当時は工場としてのブランディングや、本社と共同による情報発信の体制がまだ完全に構築しきれていなかったと思います。現在はかなりうまくいってるんですが。

吉田 まだ相互理解が深まっていなかったということなんですかね?

永野 自社工場をもつアパレル企業ならではの課題はあります。自社工場とはいえ、ほかの工場でつくったほうが安くあがるならそちらを選んでしまう。そして工場側も本社が仕事をくれるのが当たり前という環境に慣れてしまう。だからこそ、その存在価値をなくさないためにも、自社工場ならではの技術や価値を高め続けることが大切だと思うんです。

永野孝志さんは三陽商会の子会社として創業した縫製工場、株式会社サンヨーソーイングの代表取締役社長。同社は主にコートを手がける青森ファクトリーと、スーツやジャケットを手がける福島ファクトリーに分かれている。そんなものづくりのプロは、実は吉田十紀人さんが手がけるアウターの大ファン!

吉田 まだテーラードのほうはよかったんですかね?

永野 でもテーラードも、量販店の価格破壊によってずいぶんダメージを受けていますから、自社工場をもつアパレル企業は本当に少なくなっています。私たち工場のコストってほぼ工賃ですから、やはり手間をかければコストも上がりますし、先進国は給料も高いから、価格が上がっていくのは仕方ない流れではあるんですよね。イギリスでは、工場そのものが大きく減ってしまったそうですし。

そういえばビスポークスーツや革靴、ニットあたりはさておき、現代の既製服でMADE IN U.K.ってほとんど見かけないですね。たまにあっても、クオリティに対して驚くほどの価格ですし。

吉田 1980年代からイギリスではものがつくれない、とはよく言われていましたよね。当時においても毛芯を入れた既製品のスーツをつくれる工場なんて、チェスターバリーくらいしかありませんでしたし。それに対して日本って、手縫いからミシン縫いまで、あらゆる生産方法を活用できるすごい国なんですよ。

永野 私たちは長年イギリスやイタリアを見習いながらやってきましたが、今は遜色ないところまでこれたかな、とは思います。

サンヨーソーイングさんがつくるコートは、最近ではかなり世界的に知られているそうですね?

永野 最近ではイタリアの見本市「ピッティウォモ」への出展や、イタリアのテーラードブランド「カルーゾ」とのコラボレートを通して、海外からの引き合いもいただくようになってきました。とはいえニッチなマーケットなので、注文殺到とまではいきません。それに現状の生産体制には適正な規模がありますから。

ただ、今やこのレベルのコートが縫える工場は、世界でも珍しいわけですよね。

永野 そうですね。トレンチコートの定番ディテールである〝貫通ポケット〟も、今や海外で縫えるところはほとんどありません。なので吉田さんの危機意識に対しては逆行するようで申し訳ないのですが(苦笑)、やっぱり青森ファクトリーは付加価値の高い商品の生産を中心に取り組んでいます。当然コストに見合った対価を払ってくれるブランドとは取り組みたいですから。

吉田 工賃というのは、やっぱり工程ごとの時間で割り出すんですか?

永野 基本的にはそうですが、見積もりは仕様や工程数を踏まえて算出しています。

吉田 同じ時間がかかる工程でも、難しい工程と簡単な工程に分かれますよね? たとえばひとつの工場で同じデザイン、同じパターン、同じ生地のコートを縫うにしても、色が違うだけで、腕の上がり具合がまったく変わってしまうこともあるんです。そうしたスキル自体が工賃に置き換わったりすることもあるんですか?

ご存知デザイナーの吉田十紀人さんは1955年東京都出身。メンズビギのデザイナーを経て、雑誌『POPEYE』『BRUTUS』などで編集者・スタイリストとして活動。その後バイカーズウエアブランドのハロルズギアなどを経て、1997年に自身の名を冠したブランドTOKITOを設立。2009年から2013年まで続いたバブアーとのコラボレートライン「バブアー・ザ・ビーコン・ヘリテージ・リミテッド・バイ・トキト」のデザインや、ウールリッチへのデザイン提供を経て、世界的に知られるようになる。今季はアクアスキュータムとコラボレートしたアウターが発表間近!

永野 そこは一概には言えませんが、製品ごとの条件を踏まえて判断しています。おそらく吉田さんが仰るようなコートは、前工程が足りていないんだと思います。同じ生地でも色が違えば、収縮率が変わってくるものなので、縫う前の準備が大切なんですよ。

吉田 私が思うに、先進国におけるアパレル企業の生産能力って明らかに落ちていませんか? プロトサンプルひとつとっても、最近のものはちょっと腑抜けているように感じますから(笑)。

永野 いや、今残っている日本の工場は、それほど落ちていないと思いますよ。軽衣料の縫製はほとんど海外に行ってしまって、今や日本で縫っているのはグレードの高いシャツや中軽衣料、重衣料などの高付加価値の商品が多いです。

吉田 その流れは2000年くらいから始まっていますよね。当時からメイド・イン・ジャパンの生地や縫製って世界中の憧れになっていましたから。

永野 それでも、この30年で日本の縫製工場って86%くらい減ってるんですよ。5万5000軒あった工場が、今では8000軒くらいになっていますから。働く職人さんも90万人から18万人に減っています。

それは知りませんでした! やっぱり80年代のDCブームをピークにして、ということなんですか? 

鈴木 それくらいから、アパレル産業は国からの支援を得られなくなってしまったんですよね。国から多少の助成金を得られるのはデザイナーくらいで、生産現場には全く行き渡っていません。だから今まで縫製職人の待遇って本当に悪くて、若い志望者もなかなか集まりませんから。コロナ禍のダメージも甚大だったし、よくなってきたのは本当に最近ですよ。

吉田 楽観できる状況ではないんだな。

永野 技術革新もさほど進んでいません。昔は日本のミシンメーカーって本当に強くて、国の大型プロジェクトとしてロボットが自動で袖付けしてくれるミシンの開発にも取り組んでいたんですよ。でも結局完成せず、現在に至るまで世界のミシンって、ほとんど進化していないんです。この30年、縫製の現場で生産効率を上げられた工程って、裁断くらいなんじゃないかなあ。

鈴木 まあ、生産ラインのつくり方は、進化してはいますけどね。あとは島精機さんがつくったホールガーメントのニットとか。

永野 そういうわけで、メイド・イン・ジャパンの洋服の生産比率は1.1%まで落ち込んでしまいました。

日本のブランドが
日本で縫えなくなっている

買う側としてはなかなか厳しいところはありますが、工場側の事情を考えると、ある程度の価格高騰はやむを得ないのかなあ。そもそも10年前とは日本円の価値が全く違うので、海外製品はもちろん生地やボタンなどの原材料費も恐ろしいほど高騰していますし・・・。ただ日本のファッションブランドでも、今までとあまり値段を変えていないブランドもある一方で、しっかりと価格に反映させて高価な洋服を売っている新進ブランドもあるし、価格との向き合い方はさまざまですよね。

鈴木 昔からの工場と長く付き合えているブランドは、多少値段が抑えられてますよね。ただそこがなくなったら、価格を上げざるを得ないわけですが。

吉田 若いブランドさんの中には、有名なデザイナーブランドが開発した日本製の生地をうまく使って、付加価値に繋げているところもありますよね。昔からあったことだけど、最近は恥ずかしげもなく堂々と言うようになったからなあ・・・。

鈴木 経糸(たていと)はそのままで、緯糸(よこいと)だけちょっとアレンジして〝オリジナル生地〟とか〝別注生地〟みたいな言い方をすることも多いですからね(笑)。ぼくはあれには違和感を覚えるな。

変な話、ぼくみたいな素人が「こういう服をつくりたいです」みたいなアイデアを鈴木さんのもとに持ち込めば、何も知識がなくてもコレクションがつくれちゃうわけですよね?

鈴木 インスタとかPinterestで拾ったジーンズの写真を送ってきて「これで」という依頼もありますね(笑)。ぼくはそれに対して、この色味ならこういう生地屋さんでこういうパタンナーさんかな、みたいな算段をつけてご提案するという。ぼくとか吉田さんの時代のデザイナーさんは、すべて直接話し合って決めていましたから、時代は大きく変わりましたよね。悪いわけじゃないけれど、こうした現代的なやり方が、従来のものづくり環境を大きく崩した側面はあると思います。

鈴木智博さんは2000年に中目黒でスタートしたブランド「HOSU」のデザイナー兼CEO。いわゆる〝岡山デニム〟が世間に知られる以前、30年ほど前から児島エリアの工場を開拓し、レベルを高めたキーパーソン。そのものづくりにおける知見やネットワークを活かしてアパレルメーカーのものづくりを支える、OEMのスペシャリストでもある。
ブランド側が手を動かさないものづくりも、やっぱりコストが上がる要因にはなるんですか?

鈴木 ぼくたちサイドの取り分は予めパーセンテージで決まっているので、それで価格を抑えようとしたら、当然工賃を抑えるという話になりますからね。だから一番疲弊するのは工場ですよ。ただ、岡山のジーンズ工場に代表されるように、今や腕のいい工場には世界中からいい仕事が持ち込まれていますから、足元を見るような注文はできません。そこでエプロンとかを縫うような工賃の安い工場にメンズのシャツを縫わせて、MADE IN JAPANとことさらに謳っているようなメーカーもあるんですが、それもおかしなやり方ですよね。

吉田 今は外国のブランドのほうが高い工賃を払うもんね。

鈴木 それで日本の工場が潤えばいいんですけどね。倉敷市の児島地区って、今ではジーンズの縫製工場で有名ですが、もともと学生服の町だったんですよ。ぼくがこの仕事を始めた30年くらい前はまだ両方縫っていて、ジーンズの縫製工賃が100本以上で1本800円くらいだったかな。ぼくはそれよりずっと少なかったから1本1500円とか。

吉田 でも安いよね?

鈴木 今はもう全然ですけどね(笑)。ちょうどヴィンテージレプリカの世界が盛り上がってきたタイミングで、児島の職人さんとは、本当にいろんな試行錯誤をしてきました。発泡スチロールを削って、ヴィンテージっぽいヒゲの型をつくったり。上代を気にしないで面白いことをやろうよ、というやり方で、ぼくたちはどんどん仕事の価値を高めてきたんですよ。職人としては最初はやらされるところから始まっても、結局好きじゃないとやってられない。そうやって技術を上げてきたのが、日本のものづくりなんだと思います。

その究極が、先日LVMHグループに買収されたキャピタルなんですかね?

鈴木 キャピタルさん、本当にすごいことですよね。実はぼくも詳しくは言えませんが、とある海外の企業グループから、買収できそうな岡山の工場を探してほしいと頼まれたことがあります。海外の企業は日本の倍出しちゃうから、そうした影響でぼくたちが使えなくなった生地だってあるんですよ。しかも今、児島の工賃って1本5,000〜6,000円、下手したらそれ以上ですからね。

それは確かに日本のインディペンデントなブランドの相手をしてる場合じゃないですね(笑)。

吉田 それが店頭価格だといくらくらいになるの?

鈴木 3万5,000円から4万円くらいですね。ラグジュアリーブランドだと20万円。なので児島の工場はもはやぼくらの規模だと難しくて、ジーンズはほかのエリアで縫ってもらっています。

凄まじい価格の高騰だなあ。

吉田 高くなって質が上がればいいけれど、質が落ちてないのかな?

永野 うちのコートに関しては決して落ちていないと思いますよ。海外のコート専業ブランドにも、メゾンブランドのクオリティにも負けていません。ただ昔から、どうしても「向こうのヤツは味がある」って言われるんですよね(苦笑)。

吉田 確かに技術を超えた部分で、なにか違いはあるんですよ。あとバブアーの仕事をやって思ったのは、最近の日本の工場は面倒な生地や仕様を嫌がりがち(笑)。あのオイルドの生地なんて、ちゃんと縫えばそれだけで味が出るんですから。

永野 TOKITOとバブアーのコラボレートラインは私もたくさん持っていますが、確かにうちの工場で縫ったものとは違う、味というか雰囲気がありますよね。いい意味でキレイすぎないというか・・・。ただ、やっぱりオイルドの生地は難しいですね(笑)。



世界の洋服好きを震撼させた「バブアー・ザ・ビーコン・ヘリテージ・リミテッド・バイ・トキト」。その複雑怪奇なパターンは仕様書だけでは伝わらないため、プロトサンプルを日本で製作するかたちで生産されたという。
針が油で汚れちゃうし、取り扱いが難しいんですかね。

吉田 でもやってやれないことはないでしょう? TOKITOとバブアーのコラボレートは東欧で縫ったんですが、それでも最初は10万円程度で売れましたからね。ポンド安ということもありましたが。

鈴木 ぼくがTOKITOのパターンを工場に持っていくと、「実際はこのパターンでこの運用はムリだよ」みたい話になることも多いんですが、つまり現場でしかジャッジできない要素の多い服なんですよ。そういう意味では、工場次第でいくらでも変わっていく服だと思います。しかもパターンのみならず副資材も凝ってるし、本当に難しいんです。ボタンひとつとってもやたらと数が多いし、場所によってサイズを変えてるし、もう大変。ただ、その難しさがいいんですよね(笑)。

永野 デザイナーさんから持ち込まれるパターンを工場が書き換える、工業パターンのスキルって本当に重要なんですよね。洋服のカタチそのものを変えるのはよくないと思いますが、調整しなくてはいけないことって、本当に多いんです。そのレベルが低いと、洋服自体がグレードの低いものになってしまう。

やっぱりTOKITOの服は、中国や東南アジアなどの工場で縫うのは難しいんですか?

鈴木 指示さえちゃんとやれば、外面はそれっぽくできると思いますよ。ただ現状では、TOKITOならではの色気みたいなものは、かなり削られてしまう可能性が高いです。でもそれって国内で縫っても同じことで、最近ではデザイナー側とつくり手側とのコミュニケーションが希薄になっているから、味気のない服が増えているんでしょうね。

永野 コミュニケーションを取らないと、ニュアンスの部分はわからないですから。

鈴木 岡山のデニムもそうだし、昔の日本車もそうだし、モノが好きな人たちがつくっていた頃のプロダクトって、いいですよね。ぼくはたとえ価格が高くなったとしても、そういう日本のつくり手たちが残ってさえくれればいいと思っています。

永野 でも最近、そういう気概のある人が少なくなっているのは確かかな。

吉田 私はバブアーの金具だって日本の町工場でつくらせて、わざわざイギリス側に輸入してもらっていましたからね。昔からTOKITOの服って、そういう「面倒くさい服ならウチにまかせろ」みたいなオヤジさんがいる町工場に支えられて来たんですよ。・・・ただ、さすがにここのところちょっと反省して、今後は自分の中のミニマリズムを追求しようと思っています(笑)。

鈴木 逆にそれは見てみたいかも。どこを削るのか想像もつきませんけど(笑)。

デザイナーと工場は
ものづくりの同志だ!

こうした話をいろいろ伺っていくと、吉田さんはご自分のデザインしたものも含めて、今の洋服は〝高すぎる〟と感じておられるわけですが、現在のリアルなものづくり環境に身を置く皆さんとしては・・・。

鈴木・永野 全く高いとは思わないです。

吉田 そうか〜、長年デザイナー側のギャラが上がらないから高いと思うのかな(笑)。

その問題は出版界でも同じで、紙代や印刷代は高騰しても、編集者やカメラマンといった外注スタッフのギャラは全く上がらない。むしろ下がっていますから(苦笑)。

永野 以前青森ファクトリーでつくらせていただいたコートは、今だったら30万円は超えると思います。そもそも生地の用尺も4.5mくらいありますからね。普通のコートより、1.5倍くらい生地を使っているんですよ。

鈴木 吉田さんがデザインする洋服は、ライナーひとつがブルゾンみたいなものなので、工賃もブルゾン並みですしね。ただ今の時代、やっぱり自分たちを守るためには、工賃を上げるしか方法がなくなっているんですよ。

吉田 確かにフードひとつつくるのに、「これでブルゾン一着縫える」と言われたことはある(笑)。でもあれ、やっぱりツラがよかったよねえ。

永野 私もいつも工場にいくと、ステッチきれいだなあ、と思いますから。

こちらは編集人私物の「SANYO SEWING by TOKITO」。TOKITOのデザインと世界NO.1の縫製技術とが融合した、工芸品のようなコートは、編集人の宝物だ。


着脱可能なライナーが、ライナーとは思えないほどの完成度! これは確かに〝ブルゾン〟だ。
なんと襟付けは、ビスポークスーツのような手縫いだ!
自分の工場が縫ったコートを前に、笑みが隠せない永野さん。

鈴木 トキトさん、もうこのひと型でずっとやれますよ(笑)。

永野 私は大のTOKITOファンで、吉田さんがつくるコートはたくさん所有しているのですが、男がほしくなる服なんですよねえ。

というわけで、現在の世の中の潮流からすると、TOKITOのコートは決して高くない、という声が優勢です(笑)!

吉田 でも、確かに理屈としてはよくわかりますよ。為替はもちろん、昨今の社会情勢を考えると、洋服が高価になっていくのは仕方のない流れなのかもしれません。N.Y.でラーメンを食べたら5,000円の世界だもんね(笑)。ただやっぱり、今ものづくりをしている人たちには、その価格が本当に買う人たちに届いているかどうかを、自問自答してほしい。どこかで自制する必要はあると思うんです。

このままでは、リアリティのあるいい服が、普通の人たちの手に届かない存在になってしまいますよね。

吉田 ならば私は、そういう生産のプロセスや価格までもある程度オープンにしながらものづくりをする、研究室のようなものをつくってみたいね。デザイナーと縫製工場に加えて、パタンナーや生地メーカーも巻き込んでひとつのプロダクトをつくれれば、きっと得られるものがあるし、それならば高くなっても仕方ない。その延長線上に、私の夢であるユニバーサルデザインが描けるのであれば、なおよしだからね。

鈴木 きっとTOKITOのコートを縫い続けていたら、工場のスキルは格段に上がりますからね。何でも来い、という意識は芽生えるんじゃないかな。



思わず見惚れてしまうほどに、手間暇かけてデザインされ、縫われたTOKITOデザインのアウターたち。かつては10万円程度で購入できたこれらの服は、近い将来普通の人には手の届かない〝作品〟として評価されるのかもしれない。

永野 現場はワオ、と言うでしょうけど(笑)。縫製職人って、基本的には「難しいものを縫うのが楽しい」みたいな意識はさほどないのですが、それでも吉田さんみたいなデザイナーと話し合う工程があれば、その楽しさは産み出せると思います。職人って、みんないいものができたときは喜ぶし、それが売れたらもっと大喜びするんですよ。

鈴木 ぼくは昔HOSUでつくった服には、感謝の気持ちを込めて、つくってくれた工場さんの名前を提げ札に載せていました。

スタッフクレジットみたいな。

吉田 私も自分の服が雑誌に載ったときは、縫ってくれた工場さんに送っていたな。

永野 ああいうのって、工場としては本当に嬉しいんですよ。

鈴木 ぼくの後輩で衣装制作と量産既製服のブランドを手掛けているヤツがいるんですが、彼は既製ブランドのほうが伸びてきたとき、自ら山梨県の縫製工場を買い取ったんです。そこで若いデザイナーや職人志望の子を雇って、普段は量産の服を縫わせている。そうすると手が慣れるから、作品としての衣装制作も、よりクオリティが高くなるらしいんです。

吉田 それでちゃんと稼げるとなれば、若い人だって働きたくなるもんね。今後は縫製の仕事からブルーカラービリオネアみたいな職人さんも生まれてくるのかな。もはやデザインの仕事なんて、ほとんどAIで代替できそうだし。

鈴木 もうすでにAIデザインは出てますよ。デザインテーマと今まで売れてきた要素、トレンドといったマーチャンダイジング的要素を打ち込めば、自動的に売れ線のデザインやパターンが生成されるという。

それでも情緒に訴えかけるデザインや縫製は、AIじゃできないですもんね。

吉田 まさに私がハロルズギアから40年にわたって続けてきたデザインとは、機能一辺倒だったモーターサイクルやアウトドアウエアの世界に、情緒を持ち込むことだったんですよ。当時は業界からの反発もありましたが、ある意味文学的でもある〝装うことの厳かさ〟を、コスプレではないデザインで実現してきた自負はあります。なので今度はそんな情緒を、車椅子に代表されるユニバーサルデザインの世界に反映してみたいんです。

より社会的なデザインに落とし込みたい、と。

吉田 私たちの世代のデザイナーには、多かれ少なかれ社会的な視点があるんだと思いますよ。今の私はもはや、自分のデザイナーとしてのエゴというより、長年をかけて成熟させてきた自分のデザインを整理して、後に続く世代に役立ててもらえれば、というマインドになっています。前にも言いましたが、そうした自分の知見と縫製工場さんとのコラボレートによって、少しでも世の中の役に立つデザインを産み出せれば嬉しいですね。

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